なぜオフィスソフトウェアは無償化するのか

先日、IBMから”Lotus Symphony”がオープンソースソフトウェアとして公開されるという発表があった。この製品は、ワープロ、表計算、プレゼンテーションのソフトウェアを含むオフィススイート(生産性ソフトウェアとも呼ばれる)である。かつて、オフィススイートといえばパッケージソフトウェアの主力製品であった。ところが最近は、やや様子が変わろうとしているのだ。

無償で使えるオフィススイート

ところで、オープンソースソフトウェアのオフィススイートといえばOpenOffice.orgが有名であろう。
OpenOffice.orgは、オープンソースソフトウェアである特性を活かして様々な国々向けにカスタマイズされていることでも特徴的である。日本語版も十分に実用的で、販売されている商用のオフィススイートでできることは、ほぼ問題なくOpenOffice.orgでも実現可能だ。

また無料で利用できるオフィススイートとしてもうひとつ、有名なものにGoogle Docs &
Spreadsheets
がある。こちらもワープロ、表計算、プレゼンテーションというオフィスで利用する基本的なソフトウェアが揃っており、
Googleの提供するサービスとして無料で利用することが可能。一般的なソフトウェアは手元のパソコンで動作するが、Google Docs
&
Spreadsheetsはサーバ上のソフトウェアをネットワーク経由で利用する点で大きく異なる。もちろん作成したデータもサーバ上に保管され、複数のユーザで共有することができることも特徴のひとつである。

そして今回のLotus
Symphonyである。近年、オフィスで中心的に利用するこれらのソフトウェアが次々に無料で提供されるようになった。性能や機能でも全く遜色のないオフィススイート製品が無料で公開されるようになった理由は何故だろうか。

コモデティ化の先を行くソフトウェア

かつて、まだコンピュータが日常生活に浸透していなかったころ、ソフトウェアはハードウェアの「おまけ」であった。ソフトウェアはハードウェアに同梱されて配布されるものであり、ソフトウェア自体に価格がついていなかった。あるいはカスタムメイドのサービスとして、作成されるものであり、その場合でも、ソフトウェア自身に価格が付けられるわけではなかった。

ところが1990年代ころから、パソコンの普及とともに、ソフトウェアの商品化が一気に加速した。ソフトウェアは、正確に言えばソフトウェアを格納した媒体は、綺麗な化粧箱に入れられて販売店の棚に並ぶようになった。この時代に、ソフトウェアが一般的な商品となった。これはソフトウェアの「コモデティ化」と呼ばれている。

さて、現在、パソコンのオペレーティングシステム(OS)がどのように販売されているか考えてみよう。OSはオフィススイート以上に重要なソフトウェアである。なにしろ、「基本ソフト」と表現されるくらいで、OSが無ければ何も動かないのだから。このOS、もちろんパッケージ販売もされているが、多くはプリインストールでハードウェアと同時に販売されるものが中心だろう。また無償で提供されているオープンソースソフトウェアの
OSは、Linuxをはじめとして百花繚乱である。

商品からインフラへ

なぜOSがこのような状況になっているか、それはOSが情報インフラとして認知されているからである。必須のソフトウェアとして認識され、またそれ故に簡単に取り替えることもない。そのためプリインストールで販売されるものが中心となるし、またオープンソースソフトウェアとして提供し、その上で開発を行うスタイルにもなじみやすい。

さらに、この傾向を加速した鍵のひとつは「標準化」である。情報インフラとして認識されるには、異なる環境でも同じように使える相互運用性やデータの互換性が重視される。OSはその性質から様々な標準技術の固まりであるし、インターネットに関連するソフトウェアもまた標準を重視して情報インフラを構成する。

オフィススイートはデータが命だが、そのデータ形式もISO標準が定められた。オフィススイート製品はもはや情報インフラとして認知されるようになったのだ。情報インフラを構成する製品に値段は付けにくい。一社独占の傾向があったオフィススイート市場を開放するために、情報インフラ化するという戦略がとられているのである。

もちろん、オフィススイートがインフラ化したといって、そのソフトウェア自身の開発が犠牲になるわけではない。これらのソフトウェアの対価は別の形で回収される。それは包括的なサービスかもしれないし、広告収入で賄うケースもあるかもしれない。一部の企業ではハードウェアの販売で回収する戦略も取られている。振り返ってみると、ソフトウェアがインフラ化したことによってビジネスモデルも昔のモデルに先祖返りしていると考えられ、たいへん興味深い。