読者の方々にもWikipediaを活用している方は多いと思うが、ここ一週間ほど中央官庁が自らに不利になる情報をWikipediaから削除したり、業務とはまったく関係のない情報を記述していたりしていたことが明らかになり、IT関連ニュースだけでなく一般紙の紙面をも賑わせていることはご存知だろうか。
WikiScannerの登場
突然話題になったのはWikiScannerというサービスの日本語版が登場したためである。Wikipediaは誰でも編集できるが、登録ユーザ以外が編集した場合には編集者のIPアドレスを登録する仕組みになっている。そしてそのIPアドレスを誰もが確認することができる。しかし、これまでは各項目ごとに編集者をチェックすることしかできなかった。WikiScannerは特定のIPアドレスから書き込まれた項目をリストアップする機能を持っているため、中央官庁や特定企業のIPアドレスを指定して検索することによって、どの組織がどの項目を編集したのかが一目瞭然となってしまったのである。
Wikipediaの運営方針では中立的な情報とするために当事者からの書き込みは避けることを推奨しているが、いくつかの中央官庁では内部からの書き込みがあり、中立性が損なわれてしまっていた。
Wikipediaとオープンソースソフトウェアの違い
さて、Wikipediaはオープンソースソフトウェアの百科辞典版だという説明がよくなされてきた。オープンソースソフトウェアは、多くの開発者が参加することによって機能拡張や不具合修正がなされてきた。しかし、WikiScannerが引き起こした騒動は、Wikipediaがオープンソースソフトウェアとはやや性格が異なるということを浮き彫りにしたと思う。
オープンソースソフトウェアの場合、強制されてはいないがほとんどの開発者は自分の素性(氏名もしくはハンドルネーム、メールアドレスなど)を明らかにした上でバグ報告やパッチ提供により開発に貢献することがほとんどである。貢献者の一人として自分の名前がソースコードに記述されることも多く、開発に参加するモチベーションのひとつにもなっている。また、コアの開発者の承認が得られなければソースコードに取り込まれないため、コア開発者の説得のためにも自分自身を明らかにした方が信頼感があり有利である。結果、高品質のソフトウェアが数多く輩出されている。
一方、WikipediaはIPアドレスは登録されるものの、匿名で貢献することができる。自分が誰かを明らかにして専門分野に積極的に書き込むユーザも多いが、ちょっとだけ修正したいユーザ、自分が書いたことを公にしたくないような項目を書くユーザにとっては匿名で書き込めることは望ましいことだろう。残念ながら信頼性の問題が露呈しているが、匿名編集が認められているおかげでコンテンツが充実したという側面もある。
また、匿名式ではないフリー百科辞典として、CitizendiumがWikipediaに対抗してサービスを開始している(なんとWikipediaの創始者が始めている)。Citizendiumでは、本名の登録を必須とし、執筆分野に対して学位等を持っていることを示さねばならない。品質・信頼性に関してはかなりよいものになるだろうが、現在のところWikipediaの対抗馬には育っていない。
このようなことを考えると、匿名性と信頼性はトレードオフにあることが見えてくる。また、本名であることを強制するしてもうまくいかないようである。これらのバランスをいかにとるかが今後のWikipediaにとって重要となるだろう。
信頼性の確保には予防医療が重要
WikiScannerは、Wikipediaは内容の信頼性に関する疑念をわかりやすい形で現してしまった。信頼性の問題を抱えているにせよ、Wikipediaがこれだけ普及した今、Wikipediaを超えるサービスを提供することは難しい。となると、Wikipediaにはコンテンツの信頼性を向上させる努力をしてほしいと願う。
項目数も編集者の数も膨大であるため、管理者がユーザからの報告に基づいて内容をチェックしていくのは至難の業である。「治療から予防医療へ」ではないが、書き込まれたコンテンツをチェックするのではなく、また、編集者の良心に頼るだけでもなく、利便性を損なわずに不適切な内容が書き込まれないような方策が望まれる。そのひとつの仕組み、抑止力としてWikiScannerの登場は歓迎すべきことといえよう。