セカンドライフについては誰もが何かを言わないと気が済まないようだ。昨年末くらいから、この仮想三次元空間を国内の各種メディアがこぞって取り挙げている。Mixiが上場し、YouTubeは買収され、さあ次はなんだというところで浮上してきた、ちょうどいい題材なのかもしれない。あるいは仮想三次元空間という魅力的なテーマについて、誰もが一言持っている証だろうか。
本コラムも、数あるセカンドライフについての考察の一つである。もっとも、セカンドライフの話は読み飽きたという人も多いだろう。だから今回は結論を先に書いておく。「セカンドライフのプログラミング言語は面白い」
ビジネス環境としてのセカンドライフ
セカンドライフというと、なぜかビジネスの話ばかりが先行しているの現状である。IBMやロイター、トヨタや日産、ブックオフ、Mixi、あれやこれやがセカンドライフに参入したというニュースは毎日のように聞こえてくる。しかしセカンドライフから新しいビジネスが生まれるのは、もうしばらくあとの話だろう。これはセカンドライフを実際に歩いてみると分かる。だいたいどの企業のセカンドライフ支店も、賑うのはニュースになってから数日くらいで、あとはほとんど誰もいないオブジェと化しているのである。そもそもセカンドライフのユーザー数は全世界で五百万人になったところというから、MySpaceはおろか、mixiと比べても物足りない。先に挙げたような大企業にとっては、ちょっとした手間であちこちのメディアに取り挙げられるのだから、例え実際にセカンドライフに訪れる人がいなくても広告戦略としては間違っていない。でも、こうしたニュースから「大企業も次々と参入、ビジネスチャンスに溢れるセカンドライフ」みたいな結論に結びつけるのは、あまりに早計だ。
ではセカンドライフ・ブームは遠目に見守っておくのが一番なんだろうか。そうは思わないというのが筆者の考えであり、前述した結論である。セカンドライフはなかなか魅力的なプログラミング環境を備えていて、もし世界をプログラミングするということに興味があれば、十分に楽しめる。
プログラミング環境としてのセカンドライフ
セカンドライフではLinden Scripting Language(LSL)というC言語風のプログラミング言語を用いる。日本語に限らずドキュメントが充実しているとは言い難いのがネックで、そのためかセカンドライフが各種メディアに取り上げられる時は、たいていビジネスやコミュニティの話が中心で、LSLの話は意図的に無視されているようだ。しかしLSLは、仮想空間とはいえ世界をプログラミング対象とした、初めてとは言わないまでも、これまでで最も成功した言語である。
インターフェイス研究で著名な増井俊之氏は「実世界プログラミング」という概念を提唱し、今後はセンサやアクチュエータの普及により、実世界を対象にしたプログラミングが生まれると予測した。LSLはその前段階、「仮想世界プログラミング」の練習にぴったりである。そばにいる人の名前を調べる、お金をやりとりする、アバターを変身させる、といった手続が簡単なプログラミングで可能になる。ここまでプログラミング環境の整った仮想三次元空間は他に類を見ない。これこそが大企業の参入などよりもずっと大きなセカンドライフの魅力なのである。
さらにLSLには、セカンドライフ内の制御に留まらず、セカンドライフ外とも通信出来るという魅力がある。例えばセカンドライフ内のロイター社にあるニュース配信ディスプレイには、この機能が用いられている。また外部にある辞書サーバーを用いて、英語のチャットを自動的に翻訳を行う機械などもある。Googleで「はらへった」と検索するとピザが届く、というプログラムを書いた人がいるが、こうした実世界と仮想世界との連携は今後徐々に本格化していくだろう。セカンドライフで購入したシャツが現実にも届くなんてことはすぐに一般的になるかもしれない。するともしセカンドライフに新しいビジネスを生まれてくるにしても、その時に必要なのは立派な箱物ではなくて、仮想世界プログラミングの知識だということだ。
実世界プログラミングの夜明け
残念ながらビジネスチャンスを強調した最近の加熱報道により、こうしたLSLの魅力は新規ユーザーや未体験者にはうまく伝わっていないようだ。かくいう筆者も当初は何をしていいのか分からず途方に暮れていた。セカンドライフが今後どれだけ成長するかは分からない。しかしセカンドライフで得たプログラミングの知見は、これから次々に現れるはずの仮想三次元空間でも、そして「実世界プログラミング」が現実となった時も、きっと生かされるはずだ。
ただし、夜更かしには気をつけて。