携帯電話という名のセンサー

日本での携帯電話の普及率は 78.5% となっており、 100%を超える香港などの一部の諸外国には及ばないものの、普及期から成熟期に入ったと言える。 そういった状況を受けて、総務省が携帯網の開放へ向けてガイドラインの改正を行うなど、 国レベルでも普及期から成熟期への政策の転換が始まっている。 これだけ多くの人が携帯電話を持ち歩く時代になると、持ち歩く人が少なかった 時代ではあり得なかった新たな活用方法が出てきている。

発信機としての携帯電話の活用

携帯電話は、その性格上、絶えず身につけて持ち歩く機器であり、通信機能を備えていることから、 人の動きを計測できる機器となり得る。例えは悪いが、動物の生態系調査で使う小型の 発信機を、自ら好んで持っている状態とも言える。この機器を、ほとんどの人が 持ち歩く時代になったということは、携帯電話を用いてほぼ実際の人の流れを 把握することが可能になったと言える。

例えば、米国では、携帯電話を使った交通監視システムの導入が行われている。 ドライバーのほとんどが携帯電話を持っていることを利用して、携帯電話を用いて 渋滞情報などの主要道路の交通状況をリアルタイムで把握するというものだ。 この仕組みは、携帯電話が基地局に頻繁に送信する信号を利用している。 ある基地局から別の基地局へと信号が移る動きを追跡し、そのデータに道路地図を重ね合わせ、 電話機の位置と移動速度を割り出す。この方法でおびただしい量の信号を集めると、 交通の流れを示すことが可能になるのだ。

ここまで聞くと、あれ、どこかで聞いたことがある話しだ、と感じる読者もいるだろう。 その通りで、これは以前ご紹介をした車路車間通信 の仕組みを、携帯電話を用いて実現していることに他ならない。 携帯電話の普及率を考えると、新たな装置の導入を考えるよりも、既存の携帯電話の インフラを使ってしまえば安価に実現ができるという発想だ。 確かに、既に構築されている携帯電話のインフラを使うという手は、 実現が困難なシステムを比較的容易に構築する賢い方法となり得る。

GPS機能がもたらす更なる展開

最近の携帯電話にはGPSの機能を搭載したものが出てきており、2007年4月以降はGPS機能の搭載が必須となる。 GPS機能を用いれば、基地局への信号の追跡から得られるものよりもはるかに正確な位置が把握できるため、 その情報を公開し合えば、様々な活用方法が考えられる。

その一例として、「どこよ!」 というコミュニティサイトがある。 このサイトでは、自分の今いる居場所を表示する「どこよレーダー」で自分の今の位置を確認したり、 同じ時間に自分の近くで遊んでいる友人と待ち合わせをしたり、 近くにいる友人を探したりといったことを可能としている。

もし、GPS携帯が携帯に標準で装備され、利用者が増えれば、このようなサービスを発展させて 人の流れを把握することが可能となる。 位置情報と関連付ける個人情報を匿名化して、おびただしい量の信号を集められれば、 交通渋滞情報の場合と同様に、ある場所の人混みの状況を把握することが可能となるかもしれない。 高齢者の方や車椅子の方が人混みを避ける際に活用することも考えられるし、 匿名化を行って、年齢や性別の情報と関連付ける形で統計データとして保存すれば、 店舗などでのマーケティング情報として活用できるであろう。 まさに交通監視システムの人間版となるが、ここまでくると、人の行動を監視する システムであることが明確になってくるため、抵抗を感じる読者も多いのではないだろうか。

社会的なコンセンサスに基づいた活用への期待

これまでに見てきたように、既に使用中の携帯電話の台数を考えれば、 世界規模のデータ収集や問題解決に有効なセンサーとして携帯電話を活用できるであろう。 携帯電話にセンサーを内臓し、世界的な規模での計測を行うという壮大な 計画を考えている研究グループもいる。これは、発想としては面白いが、 プライバシーの問題などから考えて、社会の理解を得られるとは思えない。

私のこれまでのコラムの「テロ防止システム」や「車車間通信」の際にも述べたことであるが、 この手のシステムでは、犯罪の防止といった観点と、プライバシーの観点がぶつかり合う。 その結果、社会的にコンセンサスの得られた活用が行われればよいが、 そこを間違えると、せっかくのよい仕組みが台無しになってしまう可能性がある。 今後、こういった点に十分に配慮しながら、人に役立つ仕組みが構築されることを願いたい。

また、携帯電話の場合は、個人が所有する端末のために、利用者のリテラリーの 向上も重要となる。 PCの利用の場合もそうであるが、多くの人が使うものに なってきただけに、メディアを使う場合のリテラシー教育をちゃんと行う環境づくりも より重要になる。