ワープロや表計算、プレゼンテーションなどをひとセットに集めた統合型オフィスソフトウェア(生産性ツール)向けファイルフォーマットのひとつである OpenDocument形式(以下、ODF)が ISO26300として承認され、国際標準となったニュースは耳に新しい。 これを契機に、今回はデジュール標準に従うソフトウェア製品のあり方について考えてみたい。
ODF、デファクト標準、デジュール標準
ところでODFといっても馴染みのない読者が多いことと思う。 ODFは、オフィススィート製品のための汎用ファイルフォーマットである。 現在は、OASIS (Organization for the Advancement of Structured Information Standards)というe-ビジネス標準を推進する非営利国際団体によってその仕様が管理されている。 もともとはオープンソースソフトウェアのオフィススィート製品である OpenOffice.orgが使用していたファイル形式から発展したもので、現在では、 OpenOffice.orgやその商用版である StarSuiteだけでなく、他のオフィススィート製品も対応しはじめている (大きな影響がありそうなところでは、一太郎2006もODFへの対応を表明している)。
また、デファクト標準とデジュール標準という言葉もここで解説しておこう。
デファクト標準(de facto standard)とは、 多くの人々が使うことにより寡占的に普及した結果として、 その製品の仕様や技術が標準となったものをいう。他方、 デジュール標準(de jure standard)とは、 公的な標準化機関によって一定の手続を経て作られた公式な規格となっている標準のことだ。 冒頭のODFの話題は、まさにODFがISOによってデジュール標準として承認されたということである。
規格を制するものは市場を制する?
一般に、市場原理で話が進められているときはデファクト標準であまり問題ないことが多い。 その製品の仕様が適合する標準がデファクトかデジュールかの如何にかかわらず、 寡占があまりに行き過ぎた場合や、その過程で不公正なビジネスが行われた場合には公正取引委員会のような組織が対応することになる。
もっともIT市場におけるデファクト標準は特定製品のベンダ・ロックインを引き起こすとして問題視されることがある。 とくに問題となるケースが、政府調達に関連する仕様策定である。 政府調達には強い公平性が求められるため、デファクト標準ではなくデジュール標準に従った調達仕様が望ましい。 この流れは、IT市場が更に成熟化してゆくにつれ、民間にも拡がっていくだろう。
このような情勢においては、デファクト製品陣営としても安穏としてはいられない。 マイクロソフト社は自社のオフィススィート製品であるMS Officeに関してODFをサポートする立場をとらず、 次期Office製品のファイルフォーマットを ECMA標準として申請することで対抗している (ECMAはヨーロッパを中心とする国際標準化機関で、 ISOやIECと同等の立場にある)。
デジュール標準準拠の落し穴
画像提供: 吉野 公平 氏 (クリックすると別ウィンドウで開きます) |
図1. 定義解釈の違いによる表示の差 |
ところで錦の御旗として輝くデジュール標準にも、難しい問題はある。 例えば図1を見て頂きたい。これは、ある記述に基づいたHTMLの表組みを、 様々なブラウザで表示させてみたもののスクリーンショットだ。 左上から Windowsの Internet Explorer (IE) 7 Beta 2、IE 6、IE 5.5、 また右上から Macの Opera 9 Beta、 Firefox 1.5、 Safari 2、IE 5.2 for Mac である (このスクリーンショットはMacで作成したもので、 Windowsのアプリケーションは、Virtual PC for Mac を使い表示させている)。
御覧のように、いくつかのブラウザでは表組みの表示がおかしくなっている。 これは、表組み周りの細かい振舞いが仕様書に記載されておらず、 その解釈が各ブラウザの開発者任せになっていることによる問題である。
デファクト製品に対抗するために必要なもの
既に市場をロックイン済のデファクト標準と異なり、 デジュール標準ではこのような細かな差異が普及の妨げになる可能性は否めない。 また仕様の穴をついた差別化戦略による標準仕様の形骸化という脅威も残る (90年代に起こったIEとNetscapeのブラウザ戦争によるHTML仕様の混乱を思いだしてみよう)。
現在のところODFはOpenOffice.orgをリファレンス実装としているようで、 仕様の不明確なところはOpenOffice.orgの動作を参考にしているとも聞く。 したがって上記の問題はまだ明らかにはなっていないが、 デジュール標準に従うことが重要なソフトウェアの開発者には、 常に意識しておくことをお願いしたい。
そもそもデファクト標準といえどもバージョン間の細かな違いがあって、 ユーザは困惑することすらあるのだ。互換性確保は難しい問題であり、 開発者の皆さんの努力には頭が下がる。そのうえでさらに、 デジュール標準に基づいたソフトウェア多様性の実現のためにも、 常にエンドユーザを意識した商品企画・開発をお願いしたいところである。
本文中のリンク・関連リンク:
- OpenDocument形式 のWikiPediaによる説明
- e-ビジネス標準の開発、統合、採用を推進する非営利国際コンソーシアム: OASIS
- ODF陣営とMS陣営の戦い
- OpenDocumentは、 ISO26300として承認され先手を取った。 (英語)
- MS陣営も負けじと、次期Office製品のファイルフォーマットを ECMA標準として申請中。 (英語)
- OpenDocumentをサポートする様々なオフィススィート製品(サポート予定のものも含む)
- 本文で紹介した様々なWWWブラウザ一覧