会計監査が求めるソフトウェア取引慣行の解消

金融庁が公表した 「日本版SOX法」 (正式には、財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準)の草案では、 財務報告に係る内部統制の目的を達成するために「不可欠な要素」として ITを位置づけた。これを新たなビジネスチャンスと捉え、着々と提供サービスの準備を進めているIT企業は少なくない。

ところが、会計監査の観点で最も厳しい目を向けられているのが、 実は当の情報サービス業界であることも見逃せない事実だ。昨年明るみになったいわゆる「仲介取引」を巡る IT企業の粉飾決算事件がことの発端である。帳簿上の売上を大きく見せるために、 実体的な付加価値の増加を伴わないスルー取引等を行ったのである。

 実態を把握し難いソフトウェア取引

「それではIT企業も内部統制を厳格化し、実体のない仲介取引は止めましょう」ということで 一件落着していないところに、この問題の根深かさはある。日本公認会計士協会がまとめた、 「情報サービス産業における監査上の諸問題について」は、 その冒頭の部分で「内部統制の評価を通した統制リスクの評価を厳格に実施する必要があるが、 …それだけでは必ずしも十分ではない」と明言している。

会計の原則は、サービス提供に伴う売上とコストを適切に紐付けて計上することである。 ところが、外部から取引やプロジェクトの実態が把握し難いソフトウェア開発では、 その前提となるサービスの実在性やサービスを特定する手段が曖昧であり、 そのため恣意的に会計操作されやすい、という疑いをかけられていたのである。

 会計環境を歪める取引慣行

特定の売上に関わる費用を別に付け替える、 といった恣意的操作を行わない厳格な内部統制システムを作りこむことは、 当然、IT企業に求められる。

しかし、こうした恣意的操作が発生する背景として、 そもそも売上と費用の関係を歪める外的要因があることも理解し、 内部統制と含めて業界全体として是正していく努力が欠かせない。

例えば、予算都合による分割発注、契約締結前における開発着手、 コンサルティング等を含めた一式契約、実態と乖離した検収の遅れなどは、 主にユーザ側の都合もあって売上と費用の関係を歪める要因である。 筆者の経験では、こうした問題は政府調達に関わるシステム開発で多く見られた。 特に継続的な取引になると、こうした外部要因による歪みを「修正」するという口実で、 費用の付替え等を行う慣行が確かに存在しているのである。

 コンサルティングサービスの自立も重要

こうしたソフトウェア開発における財務・会計上の課題を解消する 上でポイントの一つは「要求仕様の確定」をきちんと行うことである。 ところが、この「要求仕様の確定」のためにIT企業が行うコンサルティング業務 こそが、その成果内容が曖昧で、取引の実在性が問われることが多い。

システムが高度化し、業務内容も複雑になるほど、こうした業務はユーザと IT企業側が共同で行う傾向が強まっている。 ところが、IT企業側が専門知識を活かし、 付加価値の高い支援を行っても、いざシステム開発となると合見積をとられ費用回収ができず 採算割れに陥る、という苦い経験をすることは少なくない。 このようにコンサルティング業務が独立したサービスとして認知されず、 十分な売上を確保できないとなると、 そこに投入される費用が拡大傾向にあるだけに、売上と費用の歪みも大きくなっていく。

IT企業側が、コンサルティング業務のサービス価値を高め、 その成果についてできる限り分かりやすくユーザに 提示していく一方、ユーザ側においても、従来の取引慣行に捉われず、 こうしたサービス価値を認めていくことが必要である。