個人情報保護が医療分野にもたらすものとは

2005年4月の個人情報保護法の施行を受け、医療分野でも関心が高まっている。 患者の病状など、極めて個人的な情報を扱わねばならない医療分野において、 個人情報保護の重要性は言うまでもない。

医療分野での個人情報の特殊事情

医療分野には、企業や官公庁と異なる特殊事情がある。

ご存じの通り、個人情報を第三者に提供するには、本人の同意が不可欠である。 しかし、実際の医療現場において、意識不明の重体患者や重度の認知症の患者から、 直接同意を得ることは現実的ではない。 例えば、交通事故で意識不明の重体で運ばれてきた患者に対して、 本人の同意が得られないからといって、家族への連絡を行わないということはあり得ない。 この場合は、家族に限って本人の同意なしでの情報提供を認める必要がある。

また、感染症などの患者情報は、患者個人の問題であるだけでなく、 家族や地域コミュニティにとっての問題でもある。 家族や地域コミュニティの人々への感染のおそれを考えると、 本人の同意が得られないケースでも、 プライバシーに最大限配慮した上で、ある程度の情報提供を行う必要があろう。

医療分野向けの個人情報保護ガイドライン

医療の現場では、個人情報の開示について、状況に応じた柔軟な対応が求めら れる。とはいえ、医療機関が個々に判断するには、無理があるというのが実情 だ。

こうした背景を受けて、2004年12月に厚生労働省から 医療分野向けの個人情報保護ガイドラインが示された。 さらに2005年3月には、 医療情報システム向けの安全管理のガイドラインも示され、主に技術面・運用面の対策が述べられている。

自分自身のカルテ情報を、別の医療機関でも見られればよいのに、と感じてい る方は多いだろう。医療機関の間でカルテ情報を共有できれば、余計な検査や 診察が減るし、他の医師の所見も参考にできる。より安価で正確な診療を受け られるようになるはずである。ガイドラインが整備され、個人情報の取り扱い ルールが決まった。今後は、患者が主体的にカルテ情報を共有できる情報化の 動きが一気に加速することが期待される。

守秘義務とプライバシー

とはいえ、筆者はそんなにすんなりとは行かないと思っている。 その理由の一つは、守秘義務とプライバシーの考え方の違いにある。

医療従事者には、患者の病状に関する守秘義務が存在する。この歴史は長く、 紀元前に作られた「ヒポクラテスの誓い」にまで遡る。守秘義務においては、 医師が業務上知り得た秘密を漏らさないことが求められており、あくまでも医 師が患者の情報をどのように扱うかに主眼が置かれている。

これに対し、プライバシーの発想から生まれた個人情報保護法では、患者が主 体である。患者の情報は患者自身がコントロールする、という点に主眼が置か れている。

この二つの考え方はかなり異なっている。しかし、カルテ情報は患者自身がコ ントロールするという個人情報保護の考え方を優先すべきと考える。したがっ て、医療従事者が個人情報保護の考え方になじみ、従来の守秘義務を超えて情 報化を進めるには、それなりの時間がかかるであろう。

また、守秘義務違反の罰則と個人情報保護法に違反した場合の罰則の格差があ り、法律面の整備も不十分であることは否めない。この点については、法律改 正等の検討が行われることを期待したい。

個人情報保護は医療情報化進展の鍵

医療分野の情報化の進展を阻んできた、最も大きな障壁の一つがプライバシー の問題である。守秘義務にしても個人情報保護法にしても、患者の秘密を守る という目的は同じである。

近年、個人情報保護への理解が進んできたためか、カルテの開示に代表される ような、患者が自身の診療情報をコントロールする考え方も受け入れられつつ ある。

今後、医師、患者のみならず、医療に関わるベンダー等の事業者も含めて、個 人情報保護法の本来の意図するところを十分に教育できれば、医療分野の情報 化は確実に進むだろう。