ソフトウェア以外のオープンソース

オープンソースソフトウェアがこれだけ注目を集めた背景には、 ソフトウェアに止まらない根底に流れる考え方と、
オープンソースライセンスという発明がある。 そこでオープンソースの源流と今後の広がりについて考えてみよう。

オープンソース直系の源流としての科学

オープンソースの考え方の前提の一つに、 ソフトウェアは前人の成果の上に少しずつ積み重ねることによって発展する、
ということがある。 他人の書いたソースコードに少しずつ機能を追加したり、 性能や操作性を改良することによって、
また多数のユーザが利用しテストすることで、 はじめて優れた実用性の高いソフトウェアが実現できるという考え方である。

このような考え方は新しいものではない、いわゆる科学の世界では数百年の歴史がある。
科学の世界では、ある研究者が論文を書き、それを論文誌で公開する。 他の研究者はその論文を参考にし、追試して評価したり、
少し改良した成果をまた論文に書いて発表する。 学会ではこのサイクルが繰り返され、科学が発展してきた。

ソフトウェア科学の世界でも多数の学会があり、数多くの論文誌が刊行されている。
しかし、ソフトウェアの評価や改良は論文だけでは難しい。 実際に動くプログラムが無ければ、同じソフトウェアを書き直す必要がある。
これは無駄な労力であるので、研究者達は誰もが評価・改良できるよう、 ソースコードを公開することが一般化してきた。
これは確実にオープンソースの源流の一つとなっている。

※オープンソースと科学の関係は、フリーソフトウェア財団ヨーロッパ (FSF
Europe) の Georg C. F. Greve 氏による。

特許制度も実はオープンソースの源流

今でこそソフトウェア特許とオープンソースは敵対関係にあるが、 実は特許制度の考え方はオープンソースの源流の一つである。

18世紀末、アメリカとフランスにおいて初めて特許法が成立した。 特許法の趣旨は発明者のビジネスの保護にあると考えがちであるが、
特許は技術の公開制度という側面も重要である。 それまでギルドによって独自技術を隠すことが、 ビジネスの収益源であったが、
産業の発展には技術の共有が欠かせないという認識が広まってきた。 発明は広く公開し、社会全体で共有することによって、
産業の発展に寄与することが、特許制度の当初の目的でもあった。
ビジネスの保護は技術を公開させるためのインセンティブに過ぎないという見方もできる。

これに対しオープンソースソフトウェアにおいては、 ソースコードを公開するインセンティブは、 直接的なビジネスの保護ではない。
開発者個人の名誉も重要な要素であるが、 ソフトウェアは広く普及すること自体が、 その発展に大きく寄与するため、
普及率・認知度の向上がインセンティブになっていると考えられる。
また、公開することによる共同開発者の協力も大きなインセンティブである。

オープンソースから派生したものたち

それではオープンソースの考え方はソフトウェア以外にどのような影響を与えたのだろうか。
オープンソースは著作権法上のライセンスとして、 その利用方法や改良方法を一定のルールとして明文化したことが一番の功績であろう。

オープンソースソフトウェアの文書版ライセンスとして、 GNU文書利用許諾契約書(GFDL)がある。 多数の執筆者が共同で作り上げるインターネットの百科事典
ウィキペディアはGFDLのライセンスに従っており、 世界中から執筆者が活発に参加している。

GFDLは著作者の権利をかなり制限し、利用者の自由に重きをおいたものである。
もう少し緩やかに文書、動画、音楽、写真などの作品のオープンソース化を目指すのが クリエイティブ・コモンズである。
文書などを自由に利用したり、改変することを一定のルールの下に許可するための 様々なライセンスを提供している。
クリエイティブ・コモンズで利用条件が明確になっていれば、 例えば、自分の映画に音楽を使いたい場合にも、
商用・非商用を問わず著作者も利用者も便利になる。

さらにオープンソースの考え方をハードウェアの分野に取り入れたのが、 オープンコア(OpenCores)である。
CPUをオープンソース方式で開発するために、 IPコア(簡単に言えば回路図)をオープンソースに似たライセンスで公開している。
他にもASICやFPGAなどIPコアをオープンソースで共有する試みがいくつかある。

オープンソースのさらなる可能性

オープンソースの考え方、 それは利用・改良・配布を自由に行うために一定のルールをライセンスで定め、
利用の共同開発を促進するという考え方である。 またオープンソースは、個人の活動を尊重し、個人の可能性を広げ、
個人の力を結集すれば大企業にも互してゆけることを証明した。 この考え方は今後社会のいろいろな分野へ拡がる可能性を秘めている。
特にNPOなどの個人活動の成果を共有し、発展させるためには、 オープンソースの考え方は非常に参考になるはずである。

例えば、実験データや観測データの共有にもオープンソースの考え方は役立つであろう。 今後、センサネットワークが普及すると共に、
いろいろな組織や企業が収集したデータは膨大な種類と量が集まるはずである。
それらのデータの一部は公開しても、その組織の事業に支障はないが、 共有するとなると権利関係の問題が発生する。
そのような問題をクリアにするのがオープンソースに準じたライセンスである。

そういえば以前長野県の田中知事が、 自分の政策はオープンソースの考え方に共通するものがあると、
LinuxWorldで講演したことがある。 ほとんと言葉遊びに近い印象もあるが、
広く個人の力を結集して新たな価値を生み出すという一点では確かに共通するものがある。
それは別にオープンソースという名前である必要はないのだが、 オープンソースと呼ぶことで皆の理解が深まるのであれば、
オープンソースの考え方が認知され始めてきたという証明ではあろう。