医療ネットワークへの期待

私事で恐縮だが、筆者は昨年、思いもかけず長期入院を余儀なくされた。 まず地元の病院に入院し、その後、高度な治療を受けられる東京の病院に転院したのだが、 その際、転院先のお医者さんにそれまでの自分の診療情報を適切に伝えるのになかなか 苦労したという経験がある。 そこで、今回はこの診療情報をどうやってうまく病院の間で共有していくか、という 話題を取り上げてみよう。

なかなか大変だった診療情報の説明

転院の際には、転院先のお医者さんに色々なことを質問される。転院元で の薬歴、その際の副作用はどうか、検査の数値はどう推移 してきたか、等々。さらに遡って、入院前の健康診断で何らかの症状が出ていなかったかも 質問される。特に、薬の副作用や急激に変化している数値は重要な情報なのだろうが、筆者自身も 正確にこれらの情報を把握できていないため、説明に苦慮することが何度かあった。

電子カルテで診療情報を共有

こうした診療情報を電子的に保存・更新し、患者と医者、病院内あるいは病院の間で 共有することを目的としているのが電子カルテだ。筆者も、 電子カルテを導入している転院先の病院では、血液結果の推移を分析したり、 CT等の画像データを閲覧しながらお医者さんの説明を聞くことができ、かなり 理解を深めることができた。また、筆者が転院した際に、かなりかさ張るレントゲン写真を 転院元から借り受けて転院先に届けたが、 電子的に画像データを病院間で共有してもらえば、こうした負担も軽減される筈だ。三菱総研が昨年9月に行った 「電子カルテに関する 一般生活者の意識調査」 の結果では、まだ電子カルテの認知度こそ約3割と低いものの、電子カルテのメリット ととして「病歴確認の確実性」を挙げる人が全体の4割に上った。

相互運用性に難有り

電子カルテは、 平成13年に公表された保健医療分野の 情報化にむけてのグランドデザイン のなかで環境整備に向けた目標とアクションプランが示され、 本格導入が始まっている。昨年4月時点で全国の400床以上の病院で導入済なのは 11.7%に留まっているので、広く浸透するのはこれからだろう。転院の際に病院間で電子的に診療情報を 共有するには、まず電子カルテが広く浸透していくことが課題の一つだ。

もう一つの課題は、個別の病院がそれぞれベンダと協力して独自の電子カルテのシステムを 開発しているため、他の電子カルテや医療関連システムとの連携が十分にうまくいっていないことだ。 これは、電子カルテの目的が、まずそれぞれの病院内の業務効率化に力点がおかれているためだろう。 この結果、せっかく電子カルテを導入しても転院の際に病院間で診療情報の共有が進まない状況にある。 電子カルテに関わる標準化をさらに押しし進める必要がある。

地域特性に合わせた情報連携の仕組み作り

一方、病院の間で電子的に診療情報を共有する医療ネットワークの構築に向けた 実証実験も各地で始まっている。例えば、筆者が住む千葉県で見ると、 南房総地域の医療情報 ネットワークわかしお医療ネットワーク などは成功している事例と言えるだろう。これらは、言わばASP方式と呼べるもので、 その地域の中核病院が電子カルテの共有サーバを一本立て、他の病院がそれに参加することで 一地域・一カルテの仕組みを作り上げている。これは地域医療のネットワーク化を進める 一つのモデルであろう。

ただし、このASP方式による地域医療ネットワークは、筆者のように地元の病院から大都市部にある 大規模病院に転院する場合には上手く当てはまらない。実は、筆者の転院先である病院も、 近隣の病院と連携する地域医療ネットワークの実証実験を行ったようだが、大都市部には 中核的な病院が多数あり、旗振り役が多すぎて実用化が進んでいないようだ。 筆者のように、必ずしも地元の病院にこだわらず、医療機関の評価情報を参考に病院を 選択するケースは今後増えていくだろうから、別の仕組みが必要だ。

この場合には、電子メール等で不特定多数の病院を緩やかに連携させる 医療ネットワークの方が適合性は高いだろう。 例えば、大阪ヘルスケアネットワークでは、セキュアなネットワーク上で電子メールにより 診療情報を交換する方法で、転院時の紹介実績を増やしているという。病院間で 交換するメールの本文には紹介状や薬歴等を書き、画像ファイルを添付して送信するので、 今回の筆者の悩みは、これでかなり改善される筈だ。

医療ネットワーク化と電子カルテの標準化が両輪となって、診療情報の共有化は今後 本格的に進展するだろう。ただし、退院した今になって感じることは、 こうした環境整備が進んでもすべて病院任せになるのではなく、 診療情報を積極的に入手し、より患者としての主体性をもつことの必要性である。 災いは何時降りかかってくるか分からない、というのが筆者の実感だ。 ある程度は自分の診療履歴について把握し、説明できるようにしておくべきなのだろう。