めざせ 若人 チューリング賞

昨年のノーベル賞で日本から、 小柴昌俊氏と田中耕一氏が受賞したのは記憶に新しい。
特に、田中耕一氏は企業の一研究者として選ばれ、注目を集めた。 2000年に策定された 「科学技術基本計画」では、 「日本人のノーベル賞受賞者を50年間で30人に」 という目標がうたわれており、
当初は、かなり無理な話という感じもしないではなかったのだが、 ここ数年の受賞をみていると、あながち無理な話でもなさそうだ。
ノーベル賞受賞者数というのは、単なる1つの結果といってしまえばそれまでだが、
日本の科学技術力を世界にアピールする1つの指標であることは間違いない。

コンピュータ科学におけるノーベル賞「チューリング賞」

ノーベル賞に「数学」がないのはよく知られた事実であるが、 数学の世界でノーベル賞に相当するものとして フィールズ賞 がある。
フィールズ賞は、4年に一度、40才未満の若い研究者に贈られる賞で、 日本では過去3人が受賞、
日本の理論数学のレベルの高さを物語っている。 一方、コンピュータ科学の世界で、 最もよく知られた賞は チューリング賞であろう。 チューリング賞は、 現代計算機の産みの親であるアラン・チューリングの功績を称えて、
1966年に米コンピューター学会(ACM) が設定した賞である。 こちらは残念ながら、日本人の受賞はまだない。

IT の基礎を作ったチューリング賞受賞者達

過去のチューリング賞の受賞者をみると、 なるほどコンピュータのノーベル賞といわれるだけのことはある面々が並んでいる。

AI の産みの親ともいわれるミンスキー、LISP の開発者 マッカーシー、構造化プログラミングのダイクストラ、
世界で初めてのAIプログラムともいわれる Logic Theorist
を開発したニューウェルとノーベル経済学賞の受賞者でも知られるサイモン、 プログラム意味論のスコット、 FORTRAN
を設計・開発バッカス、 エキスパート・システム DENDRALの開発者ファイゲンバウム、 UNIX と C言語の設計者リッチー、TeX
の作者としても有名なクヌースなどなど。 現在のコンピュータの基礎あるいは基礎となる理論を構築した偉人たちだ。 最近の受賞者を見ても、
データベースシステム、オブジェクト指向、 暗号理論など、まさに近年のコンピュータ科学の基礎を作った研究者達の受賞が並ぶ
(以下の表にここ10年の受賞者と主な功績を示した)。

1993 J. Hartmanis、R. E.
Stearns
コンピュータによる計算複雑性の理論的基盤に関する貢献。計算複雑性の尺度を定義し、
その後の研究に多大な影響を与えた。
1994 E. Feigenbaum エキスパート・システム
DENDRALの開発者。エキスパートシステムの可能性を示した。 「第五世代コンピュータ
日本の挑戦」の著者としても有名。
1994 R.Reddy 大規模AIシステム開発を通じ、AIシステムの実用可能性を示した。
1995 M.Blum 計算複雑性の理論的貢献と暗号理論、プログラム検証への応用
1996 A. Pnueli 時制論理を用いた並行プログラム検証への応用研究
1997 D. Engelbart ビットマップ・ディスプレイ、マウス、マルチ・ウインドウなど現在のユーザインタフェースの基礎を築いた
1998 J.Gray データベースとトランザクション処理の研究およびそれらの実装技術の貢献
1999 F. P. Brooks, Jr. IBM360のOSの開発責任者。ソフトウェア開発プロジェクトにおけるブルックスの法則などが有名。
2000 A. C. Yao アルゴリズム論、暗号理論など計算基礎理論に関する貢献。
量子暗号理論の研究でも知られる。
2001 O. Dahl、K. Nygaard オブジェクト指向のベースとなった言語SIMULAの設計/実装。
近年のプログラミング技法に多大な影響をもたらした。
2002 R. L. Rivest、A. Shamir、L.M.
Adleman
インターネット上の情報交換に欠かせない公開鍵暗号RSAの発明。


これらはいずれも理論的な研究に留まるものではなく、 その後の応用研究に大いなる影響を与えてきたものである。
大学の研究者が圧倒的に多いが、単なる大学の基礎研究に終ることなく、 企業との密接な関連のもと、
実用化を目指した努力を惜しまなかったところが、 こうした受賞に結び付いているともいえる。

また、受賞者の出身を見ると、ノーベル賞以上に欧米、特に米国に偏っていることがわかる。
受賞する/しないは、いろいろな要素があるので、一概にいうことはできないが、
少なくとも過去数十年にわたるコンピュータ科学の研究が圧倒的に米国中心で進められてきたことの象徴としてみることもできる。

めざせ チューリング賞

さて、前述の科学技術基本計画では、 「ノーベル賞50年で30人」という1つの数値目標がやや一人歩きした感もあるが、
本質的には、国内の科学技術力向上を目的とし、 基本的な科学技術能力向上とともに、
日本人の研究が正当な評価を受けるための対策の必要性を訴えているものだ。
“賞を獲りにいく”対策というのは、あまり健全なようにもみえないが、 世界的な知名度の向上や若手研究者の意識向上という観点からすれば
このようなメジャーな賞をとる意義は大きいし、 日本人がその研究内容を国際的にアピールしていくことは極めて重要である。

日本人の研究者はよく顔が見えないといわれる。 数学や物理のように、理論だけでも勝負できる領域と異なり、
コンピュータ科学の分野では自分の主張をいかに表現できるかも重要なカギになる。
普通の日本人であれば、言語的なハンディキャップも当然抱えていよう。 経済産業省では、平成12年から、
次世代ソフトウェア開発者を支える天才発掘を目指した 未踏ソフトウェア育成事業を行っている。 天才を発掘するのも当然重要だが、せっかく発掘した天才が、
国際的な表現能力を持たないまま埋もれてしまうのは、 まことに惜しい限りである。 単に研究予算をつけるだけでなく、海外派遣留学制度など、
才能を外にアピールする努力も惜しんではならない。 また、過去のチューリング賞受賞者に見られるように、
単なる基礎研究に終ることなく、実用化を目指した研究の継続性も重要なポイントだ。 日本のコンピュータ科学研究は、歴史も古く、
独創的な技術も通常考えられている以上に多い。
こうしたところで発掘された天才がいつの日かチューリング賞を日本にもたらしてくれることを期待したい。