システム投資全体が低迷しているなか、2002年以降、ナレッジマネジメント関連の投資は引き続き拡大している。 幾つかの市場予測によれば、今後も年率10〜20%でこの市場は伸びる見込みだ。
しかし、投資環境がこれだけ厳しいと、ナレッジマネジメントの推進プロジェクトに対する投資対効果の要求も当然ながら高まるだろう。 どのように投資対効果を高めるべきか。ここで、将来の成長戦略を見出せないでいる日本企業の場合、 目先の利益というよりは、もう少し長期的に見た自社の競争優位の構築に期待している企業も多いのではないだろうか。
多様化が進むナレッジマネジメントのアプローチ
ナレッジマネジメントを成功に導くポイントの一つは、目的に適合したアプローチを選択することだ。 当初主流であったのは、既存のノウハウやベストプラクティスをストックし、組織的に共有するアプローチである。 しかし、最近では知識ワーカーの相互作用を促進し、 既存知識の活用ばかりでなく新しい知識創造にも繋げようというコミュニティ活性化型のアプローチで成果を上げる企業も増えてきた。
新たな知識創造の機会を拡大するナレッジコミュニティの活性化は、単なる業務効率化にとどまらず、 企業を競争優位に導くイノベーションを促進する可能性を秘めている。それだけ、各企業の注目度も高まっている。 このアプローチでは、 従来から日本企業が大事にしてきたワイガヤ的な人的接触を上手に取り入れたり、 コミュニティの知識活動を支援するツールを活用する、といった工夫が凝らされる。例えば KnowledgeCommunity(リアルコム) や KnowledgeMarket(リアルコム) や Knowledge Channel(日本オラクル) のように、 最近ではナレッジコミュニティの支援ツールも豊富になってきている。
最大の成功要因は3要素の明確化
このように、ノウハウやツールの蓄積は着実に進んでいるが、結局の所、 ナレッジマネジメントの成否は「3つのポイント」、すなわち「目的」、 「主体(知識ワーカー、コミュニティ)」、 「知識」をどのように設定するかに殆ど尽きてしまう、と筆者は考えている。 筆者が見る限り、プロジェクトに失敗する殆どの事例は、 この「3つのポイント」の設定を誤っているか、曖昧にしたままでいるからだ。
事業ドメイン戦略を支えるナレッジマネジメント
それでは、この「3つのポイント」をどのように設定すべきか。一つの理想像として、 組織のコミュニティのなかで自律的かつ柔軟に「3つのポイント」が選択され、 ナレッジプロセスが作り出される学習型組織を目指そう、という議論がある。 これ自体は、立派な企業の経営ビジョンと言えるだろうが、 競争優位の確立を目指す企業にとっては、 やや掴み所がない目標になってしまうかもしれない。
そこで、筆者としては、経営ビジョンよりはもう少し短期的な目線、 しかし業務戦略よりは長期的な目線となる「事業ドメイン戦略」に併せて、 ナレッジマネジメントの「3つのポイント」を設定することを推奨したいと思う。 企業が持続的な競争優位性を築くには、 その企業がビジネスをしている事業ドメインにおいて、 他社が模倣し難い知識なりノウハウを蓄積し、 それを実際に活用できているかがポイントとなるからだ。
例えば三菱総合研究所では、CVT分析という方法で事業ドメインをくくり直し、 競争優位のためのビジネスモデルを設計するアプローチを提案している。 このCVT分析は、「顧客(Customer)」、「価値(Value)」、 「技術・経営資源(Technology)」という3軸上で事業ドメインを定義する。 設定のポイントは、「顧客からみた価値」を最大化することである。この最大化のために有用な「知識」は何かを考える。 次に、この「顧客からみた価値」を実現するコストを吸収しながら利益を生み出し、 その利益を再び事業に投資することで事業を拡大するための「もうける仕組み」を設計する。ここでも、 この仕組みにとって必要な「知識」は何かを考える。 最後に、こうした「知識」を、競合相手が模倣し難い方法で蓄積・創造する仕組みは何かを検討する。 概ね、以上の手順で考えてくるとナレッジマネジメントの3要素をどのように設定するかがかなり見えてくる。
トップダウンによるグランドデザイン
ナレッジマネジメントの主役は、知識ワーカーであり、彼らが交流するコミュニティである。 こうした現場でボトムアップに湧き出してくる知識なりアイディアは極めて重要である。 しかし、企業がナレッジマネジメントを推進するには経営資源を投入する必要があり、その投資対効果を高める必要がある。 資源に制約があったり、効果に限界があるようであれば、プロジェクトの優先順位を決め、プロジェクトの選択と集中が必要となる。 この優先順位を経営がきちんと決めるためには、前述したようなアプローチで、 トップダウンにナレッジマネジメントの「3つのポイント」の設定し、 見直しを行うことを考えるべきである。