アコースティックなデジタル音源

ここ数年、電子ピアノやキーボード、ゲーム機などの音 が昔と比べ格段によくなっていることにお気づきだろうか。
少し前ならいかにも機械的、おもちゃ的な電子音であったものが、 最近では、電子ピアノのピアノ音もサックス音もよりリアルであり、
ゲームの背景音もCDなみの音質になってきた。

アナログからデジタルへ

これは音源の進歩による。
電子音源の歴史を振り返ってみると、 シンセサイザーが世の中に浸透し始めた頃(1970年代)は、
正弦波の加算による合成(オルガン方式)や 正弦波・矩形波・鋸波などの機械的な音の波形を加工して
音色を作っていく方式(アナログシンセサイザー)であった。

しかし、このように周期信号を基本に合成する方法では、 実際の楽器音のような時間変化の激しい音や
非整数倍の倍音成分を含む音の合成は難しく、 生の楽器音をリアルに再現することは困難であった。
これを解決すべく、デジタル化の進行とともに正弦波をFM変調し て倍音成分を生み出す方式 (FM音源)
が隆盛した(1980年代)。

生楽器の模倣

さらにメモリの大容量化・低価格化により、基本的に生の楽器音をデジタル化して録音しておき、
それを適宜加工しながら再生するという方式 (PCM音源)
が主流になってきた。 基本原理はCDと同じで、これが今の音源がリアルだと感じる理由である。 生の音を再生するのでリアリティがあるが、
よく聴くと、一音一音ばらばらなので、ピアノなどには向くが、管弦楽器のように 持続音を基本とする演奏には向かない。

これを解決しようとしたのが、実際の管弦楽器の内部で起こっていることを詳細に シミュレートする 物理音源(Virtual
Acoustic音源)
である。 生の楽器の物理構造をモデルとしてもっており、
「息を吹き込む」「弦を擦る/弾く」などしたときの、 振動・共振をリアルタイムに演算し音色を合成する。
「金管楽器のマウスピースをつけたフルートをチェロの弓で擦る」 という現実には存在しない楽器も創造できるという。

人間はゆらぎによりリアリティを感じることがわかっている。 例えばピアノの音を1周期だけサンプリングし繰り返し再生したとき、
そこから発する音はピアノの音とは言えないような単調な音になる。
PCM音源のキーボードを一定のキー圧力で弾きつづけるとこうなることが多い。 しかし十分な長さの周期をサンプリングし再生した場合、
そこから発する音はピアノの音として聴こえる。 このように楽器音の自然さは1周期の波形ではなく連続した周期のゆらぎに含まれており、
これらを抽出・再現することは現代の音響工学では困難である。
物理音源は実際の楽器をシミュレートするのである程度のゆらぎの再現に成功しており、
これがPCM音源よりリアルと感じる理由の一つである。

そして最後は人の手へ

物理音源といえど模倣であるから生にはまだまだかなわない。 実際、ある演奏会で、物理音源をもつキーボード演奏と、生のサックス演奏を
一緒に聴く機会があったが、生の方が圧倒的に心に響いたのは確かである。 奏者の差や物理音源の完成度もあるかもしれないが。
しかし、1つのキーボードで色々な楽器のよりリアルな音が出せるというのはやはり興味深い。
一つ面白い話がある。物理音源はリアルであるがゆえ演奏手を選ぶという。
開発者が最初に弾いた物理音源のヴァイオリンは、初心者の練習曲に聞こえたという。 PCMでも物理音源でも、より演奏の個性を出すためには
入力時に人がいかに微妙なニュアンスを表現できるかが重要となる。
最近のキーボードにはイニシャルタッチ、アフタータッチはもとより、横揺れにより 管弦楽器のビブラートを表現できるものもある。

発展途上とはいえ、リアルを求めるということは、より感性に訴えるものが できるということである。
いつの日かJAMセッションでも生に負けない電子楽器ができることを期待したい。
あるいはかつてのテクノブームのように独自の音楽的進化をとげる こともあるかもしれないが、
キーワードは「よりリアル」であることは確かであろう。