「ナレッジマネジメント」という言葉は、 知識管理、知識経営などと訳されることが多いが、管理や経営などというと、 どうしても堅苦しいイメージがつきまとう。 創造的な知識とは、本来、自由な環境で、 自由なコミュニケーションを通じて育まれるはずのものである。 しかし、いざナレッジマネジメントをシステムとして導入しようとする際には、 斬新なアイデアや知恵のような、本来創造的であるべき知識までも、 一括してトップダウンに管理しようとしたがために失敗する事例も多いようだ。
知識を創発する「場」
ナレッジマネジメントが対象とする知識のレベルにもよるのだが、 ちょっとした気づきや知恵、ノウハウのような 定型化されていない知識をうまく引出し、 さらに新しいアイデアを生み出すような創造的環境を構築するためには、 システムの機能というよりは、 むしろ企業文化や風土といったものが重要な要素となるようだ。
ゼロックス やヒューレットパッカード では、 全社的に知識を共有するためのサロンやコミュニティの設置を重要なナレッジマネジメントの要素として考えており、 決して押し付けではない社員の自発的な活動こそが知識を創発するモティベーションになるという観点にたっている。 また、NTT 東日本法人営業本部では、 バーチャルな知識管理の仕組みに加え、 リアルな環境、すなわち、オフィス環境において、知識が互いに交換できるような スペースを工夫した点でユニークな事例といえる。
ナレッジマネジメントとして、何やら高度な IT を用いたシステムの上で 行う先進的なものを想定するとすれば、このようなややもすれば泥臭い アプローチは少々拍子抜けするかもしれない。 しかし、一方で、 立派なドキュメント管理システムや情報交流システムを作ったけれど、 だれも使ってくれなかったとか、現場のノウハウを入力義務としたが、 負荷が増えるばかりで、大変な悪評を買った、という話を良く聞く。 使う側が使う価値を見出せなければ、 このような情報交流の場は何の意味もなさない。 参加者自らが進んで知識を出し合い、協調しあうような自律的な「場」 の提供こそが求められている。
ナレッジマネジメントという娯楽
こうした自律的な「場」をネットワーク上に作るために必要な要件、 特に使う側が使いたくなる要件とはなんだろうか ? 筆者は、特に具体案を持っているわけではない。しかし、あえていうならば、 最も重要なインセンティブはそうした「場」が「楽しいこと」 ではないかと考えている。 金銭や業績評価によるインセンティブは、 必ずしも健全な知識交換を促進しないし、 名誉や尊敬といったものは、結果としてそうなっているのであって、 意図してそのような環境が作れるものでもない。 知識交換による知的刺激、議論を煮詰めて行く充実感、 あるいは少々脱線した世間話、 そういったものすべてが「楽しさ」という言葉に集約されるように思う。 企業に、より柔軟な思考が求められている現在、こうした環境を物理的に、 あるいはバーチャルに構築できるかどうかが、 創造力を持つ組織となるか、あるいはコーポレートアルツハイマーに陥るかの 境目になるかもしれない。
リクルートにおけるナレッジマネジメントは、 決して高度なシステムを構築したということではなく、 機能としてはどこにでもあるようなイントラネットをいかに活発化させるかという、 徹底したコンテンツの吟味と宣伝と啓蒙の活動である。 ここには、雑誌作りに共通する、 思わずページをめくってみたくなるような楽しさが意図されている。
知識を交換し、新しい知識を創造することは本来楽しいことであるはずだ。 Linux の開発者で、あり余る名誉と尊敬を集めるリーナス・トーバルスは、 著書「それがぼくには楽しかったから」 の中で、Linux は「知的チャレンジという娯楽」であると書いている。 ナレッジマネジメントもまた娯楽であっても良いのではないだろうか ?
本文中のリンク・関連リンク:
- 知識管理から知識経営へ -ナレッジマネジメントの最新動向- (北陸先端科学技術大学院大学 知識科学研究科 梅本研究室)
- NTT 東日本法人営業本部の事例
- ゼロックス の事例 (PDF)
- ヒューレットパッカード の事例
- 関連書籍 :
- ワーキング・ナレッジ—「知」を活かす経営 Thomas Davenport ほか, 梅本勝博訳, 2000/11
- リクルートのナレッジマネジメント , 2000/11