21世紀 IT は生活インフラとなり得るか?

子供の頃「21世紀」という言葉は、「はるか遠い未来」ということを意味していた。 しかし、時がたつのははやいもので、
あと数日もたてば現実の21世紀を迎えることとなる。 21世紀といっても来年からあと100年あるわけだが、少年の頃、
夢見たような暮らしが来世紀本当に実現するのだろうか ?

実感できない「IT 革命」

「21世紀の生活」 を実現するための大きな技術的要素が IT であることには異論がないだろう。
情報技術は、実際にここ10年間、急速な勢いで進展/普及してきたが、 それでも一般家庭の生活インフラとして認知されるには至っていない。
「IT 革命」は今年の流行語だったが、一般消費者レベルで見れば、 「革命」といえるような変化はほとんどの家庭で実感できないだろう。
テレビや車、電話といった私達の生活様式を大きく変えて来た技術と比べて何が違うのだろうか ?

消費者不在の情報技術開発

まず、テレビ、車、電話といった技術は、 いずれも19世紀後半に発明/開発されたもので、既に 100年以上が経過している。
一方、情報技術開発の歴史は、決して新しいものではないが、 世界最初の電子コンピュータが開発されたのが、1950年前後のことなので、
約半世紀しか経過していない。一般社会に広く浸透するためには、時間も必要だろう。

しかし時間以上に重要な相違は、テレビ、車、電話といったものが、 当初より一般家庭への普及を意識して開発されてきたのに対し、
情報技術は、主に軍事目的や科学技術計算など、 いわば専門家のための閉じた道具として開発されてきた点だ。 この意味で、情報技術は、
消費者の評価を受け、 それが技術開発にフィードバックされるという流れが確立されてこなかった。
いわば技術のための技術開発となってしまっていて、 一般消費者がそれに振り回されているという現状は否定できない。
コンピュータが使えないのは、使えない人が悪いのだ、 というような風潮すらある。 早期IT教育に反対するわけではないが、
習得に何年も要するような道具がはたして一般に広く普及するのだろうか、 という疑問もある。
我々は、近所に買物に行く車を買いたいだけなのに、 重装備で操作が複雑なキャンピングカーを買わされているようなものだ。

21世紀のインフラとしての IT

21世紀、IT が一般家庭に広く浸透して行くための課題は山ほどある。 政府は現在、
一般家庭の通信インフラ整備や電子政府の実現を積極的に推進している。
2005年までに3000万世帯が高速インターネットに接続という目標が、 達成できるかどうかはともかく、
すべての家庭で高速通信環境が整備されることは、 もはや止めることのできない時代の要請である。

一方で、高速通信環境の上で実現されるサービスやアプリケーションはどうか ? 現状では上で書いたように、
消費者主導の技術開発サイクルが確立されていないという問題がある。 しかし、コンピュータが、
技術者や特定の業務のための閉じた道具から脱皮して、 生活するための道具として期待されるようになったのも、 ここ10年足らずのことだ。
テレビや車のように誰もが便利に使えるようになるにはまだ時間がかかるにしても、 より便利なサービスと利用者の拡大とともに、
我々のニーズも多様化し、技術開発もそれに適応するように 自然に変化していくことだろう。 情報技術は、ごく限られた人のみの道具ではなく、
最終的にはすべての人がその恩恵を享受できるものでなければならない。 IT 革命の進展とともに、社会的には、
経済構造の変化に伴うある程度の痛みは避けられないだろうが、
個人レベルでは、大きな苦痛を伴なわずに移行できることが必要であろう。

21世紀、テレビや車のように、 いや明らかにそれ以上の生活インフラとして IT が確立され、
どの家庭でも高度情報化社会の恩恵を受けることができるとともに、 さらには社会的なツールとして、21世紀、
我々が抱える多くの諸問題に寄与することを望みたい。