超高精細液晶ディスプレイが紙の呪縛を解き払う

昨夏、長らく待ち焦がれていた 200ppi(*1)超高精細カラー液晶ディスプレイがついに発表された。 しかも 9.4 型 UXGA
(1600×1200ピクセル) と、パソコンにも十分すぎる画素数がある。 そして先日 6.3 型 XGA (1024×768)
が表示できるモデルを 2001年1月より10万円で量産すると発表があった。
新たな時代を予感させる嬉しい事件だった。

(*1) ppi (pixels per
inch): 1インチあたりの画素数、ディスプレイの解像度の単位

200ppiを待望した理由

なぜ筆者がこんなに切望していたのか? それを語るには少々昔に戻らねばなるまい。
1980年代の半ば、初代マッキントッシュのセールスポイントは、 画面に表示される文字や図形が印刷イメージと同じサイズということだった。
当時のコンピュータといえば文字ベースがほとんどで、 何度もプリントアウトするしかなかった。 その意味で画期的なコンピュータだったのだ。
そして、そのマックのモニタの解像度は 72ppi であった。

現在の液晶ディスプレイはどうだろうか。 15型XGAは 85ppi、17型SXGAは 96ppi というところだ。
つまり、80〜100ppi の時代がなんと15年も続いたことになる。 その間、画素数や画面サイズは数倍に進歩したが、
解像度だけはほとんど変わっていない。 世の中のニーズがまずは大画面化にあったためだ。

筆者は常々机から紙の書類を追放したいと望んでいたのだが、 大画面なだけでは代わりにはならない。 きめの細かさが格段に違う。
小さなフォントは眼が疲れる。 多くの情報を表示すると画面が広がり過ぎる。
紙追放のためにはディスプレイの高精細化がどうしても必要なのである。

ペーパーレスオフィスが実現するには

200ppi の登場には喝采を送るが、残念ながら紙の代わりには今一歩足りない。 一昔前のカラープリンタの解像度は 300dpi
(*2) だった。 これで本や雑誌並のきれいなプリントができるかと思ったが、 やや粗さが目立った。普通のカラー雑誌には 600dpi
は必要である。

それでも、もし 200ppi で 4000×2250ピクセル (縦横比9:16)
の液晶ディスプレイができたなら、今度こそ本当に紙を捨てるだろう。 なぜなら、A4 サイズのウインドウが横に3枚並べて表示できる。
しかも、かなりきれいな文字で読めるからである。 ワープロと資料2つを同時に開けるこのサイズこそ、
画面上だけで仕事できる最低線と考えているのだ。

来年には QSXGA (2560×2048) サイズが登場するはずだ。 2つ並べればこのサイズも実現可能ということになる。
もっとも解像度が 116ppi では28型×2台になり、 机に乗るだろうかという問題があるのだが。

(*2) dpi (dots per inch):
1インチあたりのドット数、印刷物の解像度の単位

紙に迫る表現力と利便性

ところで、パラパラとページをめくる軽快さがある限り、 決してディスプレイは紙の代わりにはならないと言う人がいる。
その気持ちは分からないでもない。 しかし、その根拠は一目で情報を見渡せる紙面の広さと、
ページめくりのスピードの二つにほとんど集約される。 それを解決するのが高精細 200ppi の 900 万画素の広大な画面であり、
1GHzを超える高速プロセッサではないだろうか。

とはいえ、紙媒体にはまったく思い入れのない筆者でも、 実は本や雑誌を年間百冊以上は買っている。
インターネットで入手できない情報である、というのが主たる理由だろうが、 やっぱり本は持ち運びが楽だ、という点は見逃せない。
だが、これも 6.3 型 XGA 厚さ 12mm、重さ 300g なら、
手のひらに載せ、雑誌感覚でブラウズできるかもしれない。 そこまでくれば後は価格の問題か。

紙には蔡倫の発明から2000年以上の歴史がある。 人間の生活に染み付いており、
どんなに機器が進歩しても紙が無くなることはありえないとも言われる。
超高精細液晶ディスプレイは「紙」の呪縛を解き払えるだろうか。