サイバーワールドの化身「アバター」

「ジェイ・グリッドリーがネットのどこに行っても、サイレンが鳴っていた。
ヴァーチャル・ハイウェイは消防車、救急車、パトロールカーであふれ、 人々が破壊された建物を修理したり、彫像の死体を片づけたりで、
ごった返していた。」

トム・クランシー「ネットフォース」角川文庫, 1999.

これはクランシーの描く2010年のサイバーワールド。 FBIのネット犯罪特捜隊 「ネットフォース」と コンピュータ・テロリストの戦いの一幕である。 VRギア(※)を着けてネットに乗るとき、
隊員ジェイのお気に入りは往年のスポーツカー「ヴァイパー」のイメージだ。
VRギア:三次元CG(コンピュータグラフィックス)の仮想現実を映すメガネ

インターネットがサイバーワールドに進化する

SF小説や映画ではサイバーワールドの歴史は古い。 コンピュータが創り出す仮想世界に入り込んでしまう話は何度となく登場してきた。
その中でも「ネットフォース」のサイバーワールドは、 とても現実味のある近未来を描き切っている。
それは、現在のインターネットをサイバーワールドに展開しているからだ。

つまり、情報を探す、読む、といった基本的なことから、 最近大流行のオンラインショッピングなどの電子商取引まで、
たいていのことはサイバーワールドでするようになる。 そして、ホームページは街中の建物や小部屋になる。
家賃月々いくらでレンタルするのだ。 小部屋のオーナー、つまりホームページの作者は、
自分の好みで部屋を飾り、見せたい情報を並べておくのもよし、 CGムービーを流してもいい。

アバターコミュニケーションの世界

サイバーワールドでは、 ユーザは人の姿をしたキャラクターとして現れる。 このキャラクターをアバターと呼び、
顔も姿もファッションも自分の好みに設定できる。 ちなみにアバター(avatar)というのは、
ヒンズー教のヴィシヌ神が人の形を借りて舞い降りた「化身」という意味である。

ホームページからサイバーワールドへの最も大きな変化、 それはアバターを介したユーザ間のコミュニケーションだ。
知り合い同士が、見知らぬ同士が、談笑し、恋をし、冒険し、喧嘩もするだろう。 いわばネット上にもう一つの社会が出来上がる。
もちろん今でも巨大なネットコミュニティはあるが、 かぼそい文字列のストリームでつながっているにすぎない。
それがリアルタイムの緻密な三次元CGに包まれたとき、 現実を忘れられる自己完結した世界となりうる。

マルチプレーヤーゲームから始まるサイバーワールド

さて、20世紀末のサイバーワールドはどこまで来ただろうか。 世界最大のサイバーワールドといえば、 やはりウルティマ・オンライン
2.5次元グラフィックのシンプルな仮想世界に、 数千人の小さなアバターが一同に集うマルチプレーヤーゲームだ。
中世騎士の世界が基調のRPGではあるが、単に成長し戦うだけのゲームではない。 ギルドと呼ぶユーザグループがコミュニティを作り、
アバター達は宴会もすれば結婚式もあげる。

プレイステーション2やドリームキャストに通信機能が搭載された理由のひとつは、 このマルチプレーヤーゲームをやりたいからだ。
サイバーコミュニティの中心は20才前後の若者となる。 彼らをサイバーワールドへ導くのはゲームだ。
将来のサイバーコミュニティのポータルサイトは、 ゲーム色の薄れたウルティマ・オンラインかもしれない。

あと2年か3年か、いや遅くとも5年以内には、 インターネットはますますサイバーワールドの様相を強めてくる。
サイバーワールドはおそらくとても便利で楽しい。 それだけにサイバーワールドだけで生活するサイバージャンキーが社会問題になりそうだ。
だからといってリアルワールドだけの生活に後戻りできるはずもない。
サイバーとリアル、この二つの世界が交錯するとき、一体何が見えてくるのだろうか。

  • トム・クランシーの 「ネットフォース」(角川文庫)はハリウッドで映画化され、 日本では DVDビデオとして発売されている。
  • ウルティマ・オンラインはインターネットの
    マルチプレーヤーゲームをサイバーコミュニティに変えるかもしれない。
  • 日本のネットワークRPG ルナティック・ドーンでは、自分で開拓したホームワールドを、 自宅のPC上でインターネットに公開し、
    他のプレーヤーを呼んで一緒にドラゴン退治に出かけることもできる。
  • チャットルーム 「 パレス」では、簡単な二次元画像ではあるが、
    ユーザはアバターとなって他のユーザと会話できる(英語)。
    「パレス」日本語版もあり、いくつかチャットサーバが立ち上がっている。
  • 日本の三次元CG仮想空間のチャットソフトには Worlds
    Chat/J
    Community Placeがあり、ユーザを集め始めている。
  • サイバーワールドの実験場 コンタクト・コンソーシアムを見れば、 将来のサイバーワールドのイメージがよく分かる(英語)。
  • 三次元CGのサイバーワールドを創り出す新技術 「 Gel3D」ではユーザ同士のコミュニケーションが重要視されている(英語)