インターネット社会の浮遊者

独り勝ち現象と学力低下の因果関係とは

学力低下がメガヒットを生む? こんな見出しの記事が9月18日付の日本経済新聞に掲載された。
このところ、宇多田ヒカルに代表されるように、 ある商品だけがずば抜けたセールスを記録する「独り勝ち現象」が目立っている。
この現象と学生の学力低下の問題が無関係ではないというのだ。 「独り勝ち現象」については、 「地域振興券の効果」などと見る向きもあるようだが、 先の記事では、精神科医である和田秀樹氏による興味深い見方を紹介している。
「自分の意思より他人にどう思われるかを気にする傾向が強く、頑張って目立つより、
みんなと同じでいたい」というタイプの人間(これをシゾフレ人間と呼んでいる) が増えていることが関係しているという。
こうした人々は、周囲と同調しようとして一つのものを集中的に支持する性向があり、
一方で、他人と競争したり、秩序や論理性といったものにこだわる自意識が欠如しがちになる。
独り勝ち現象も学力の低下も、話の根っこは全く同じ、というのが氏の見方である。

広がる可能性の矛盾

ネットワーク上でさまざまな情報やサービスを手にするなかで、 多様な価値感に立脚した個の確立が達成される社会。 およそ10年程前、
某官庁の仕事をしていた筆者等が描いた情報ネットワーク社会のシナリオである。 ややバラ色の側面を強調しすぎた感はあったけれども、
その場の議論に参加していた著名な学識経験者も含めて、 このシナリオが実現することへの期待感は少なくなかった。
その後、インターネットが爆発的に浸透し、詰込み教育も見直され、 個々人にとってさまざまな可能性が膨らんだかに見えたのだが、
和田氏の見解が正しければ、現実の振り子は全く逆の方に倒れ込んでしまったことになる。 多くの人々は、さまざまな可能性に気が散ってしまい、
むしろその場の雰囲気のなかで浮遊するシゾフレ人間になってしまった。

バーチャルなネットワーク社会の限界

よく言われることだが、システムやネットワークは諸刃の剣だ。 10年前の議論でも、ネットワーク上で一つの見方が急速に拡大し、
社会全体が不安定化する危険性が指摘された。
周囲の人々と同じポジションをとろうと金融商品の売買を繰り返すインターネット取引の拡大を見ると、
そうした危険は今でも着実に膨らんでいるように思える。 一方で、かつてないほど多様な可能性を秘めているインターネットは、
シゾフレ人間達がその場の楽しみと安心を求めて浮遊する場にしかなっていないとすれば残念なことだ。 古い楽曲をデジタル配信したり、絶版になった書物を個別に提供するビジネスなどが増えているけども、
シゾフレ人間が支配する市場のなかでは、 こうした新規ビジネスも難しい経営を余儀なくされる。

リアルな社会への回帰が必要か

インターネットを始めとしたバーチャルなメディアについて冷静に評価してみると、 共通の価値観を有している人々や、
逆にシゾフレ人間達のコミュニケーションを促進する効果は十分にあっても、
新たな価値観の出会いを作り出すメディアとしては、決して成功しているとは言えないようだ。 電子モールで思ったほど商品が売れない、
という現実に直面した人は、このバーチャルなメディアの限界を肌身で感じたに違いない。
新たなバーチャルなメディアの可能性を探ることも面白いが、 10年程前のシナリオにもう一度アプローチしようとするならば、
むしろリアルなコミュニティにおける人間同士や価値観の接点を見直し、
バーチャルな世界を浮遊しているシゾフレ人間を現実社会に引き戻してくることを考えた方が良いように思える。