電子商取引を巡る特許論議

繰返される特許論争

発明者にどこまで先行者としてのインセンティブを付与するのか。これは特許に関して常々議論されることだが、伝統的に米国の特許制度では、発明者に大きなインセンティブを与える傾向が強く、日本や欧州諸国と意見がぶつかり合う。米国が知的所有権を競争力確保の源泉として重視する政策をとるようになって以来、特にこの傾向が目立っている。

特許権が及ぶ分野についてもしばしば論争になる。「カーマーカー特許」では数学的なアルゴリズムを特許と認めるかどうかが争点となり、結局、日本でも「数学やソフトウェアで表現された技術思想は特許の対象」として特許権が認められるようになった。そして最近、米国の特許商標庁(Patent and Trademark
Office)
が、「ビジネスモデル」を特許の対象として認定したことでまた新たな論議を呼んでいるのである。

増えるインターネットビジネス関連特許

新たな「ビジネスモデル」ということで特許取得が相次いでいるのはインターネットビジネスの分野だ。米国では、電子商取引を始めとしてインターネットを活用した「ネットビジネス」が急速に拡大しているのはもうご承知の通りである。

そこでは、単にインターネットを利用するだけではなく、ビジネス上の工夫が様々に凝らされる。このあたりはネット先進国である米国の強みがある訳だが、こうしたビジネスモデルを組み込んだソフトウェアの開発者が次々と特許を取得しているのである。幾つか例をあげると、「ウェブ上で購入者の閲覧履歴をモニタし利用パターンを分析するアクセスコントロール・モニタリングシステム(Open Market、No.
5,708,780)」、「エレクトロニック・ショッピング・カート:仮想的な買い物カゴ(Open Market、No.
5,715,314)」、「インターネット上で不動産仲介を行うインタラクティブシステム(Richard Fraser、No.
5,664,115)」、「リバースオークション(Priceline.com 、No.5,794,207)」といった具合である。

ネット時代の新たな知的所有権戦略

米国で「ビジネスモデルを組み込んだソフトウェア」が特許と認められたのは、「1996年のState Street Bank and
Trust と Signature Financial Group の間で争われた裁判における判決あたりが最初」(Mark
Lee)
だというから、それほど昔のことではないようだ。有用で具体的な効果をもたらすソフトウェアは特許権による保護の対象となり、そのソフトウェアに組み込まれるビジネスモデルも保護対象の例外ではない、というのが特許権を認める際の解釈である。米国でも、これ以前はビジネスモデルが特許となったことはなく、明らかに特許の対象範囲を拡大解釈したかのように見える。しかし、米国特許商標庁は、最近ではビジネスモデルを含むインターネットビジネス関連特許の認定にむしろ積極的な姿勢をとっている。本格的なネットビジネスの時代を迎え、米国が再び知的所有権で市場支配を狙っているようにも映る。

ビジネスモデルを特許で保護するのは妥当か?

筆者自身は、こうした特許を認めることに対してはかなり疑問を抱かざるおえない。特許で保護されるには、有用性と同時に新規性を有していることも重要な要因だ。ところが、こうしたビジネスモデルは、少なくとも実世界のビジネスではむしろ一般的に行われてきたものが殆どではないのか。例えば、前述した「リバースオークション」は、単一の購入者が複数の供給者に対して商品の仕様や指し値を提示する場合に取引を仲介するものである。この仕組みはネット上で購入者主導の市場形成を促し、きわめて有用なものでもある訳だが、このビジネスの仕組み自体はこれまも政府調達などでは当たり前に行われてきたことだ。「仮想的な買い物カゴ」についてはなお更である。こうしたビジネスモデルを、新たにインターネット上で動作するソフトウェアに組み込んだからといって特許として認めて良いものか。少なくとも、今後は当たり前と思っていたビジネスの仕組みも、安易にインターネット上に実装できなくなり、実際に適用する場合には一定のライセンス料を支払わなければならないことになる。

グローバル経済における特許のあり方

日本ではこうしたビジネスモデルを現時点で特許としては認めてはいない。 しかし、そもそも国境がないインターネット上では、
日本のサービスを米国から利用した場合には、 日本のサービスも米国の特許に抵触すると見なされる可能性はある。
ネットビジネスの先進国である米国によって、
我々のインターネット上のビジネスが厳しく制約されてしまう懸念は依然として残っている訳だ。

真に新規性を有する発明に対して先行者のインセンティブを与えるのは合理的だ。
しかし、そもそも新規性の認定が難しいビジネスモデルを特許と認め、 ネットサービス自体が高コスト化するのでは、
単純に米国の施策を鵜呑みにもできない。 従来であれば、各国が独自の特許制度を運用することも許された訳だが、
ネットサービスの受益者がグローバルの存在するとなると、
何らかの形でこの特許に対する考え方を国際的に整合化することが必要になってくる。