情報技術研究開発の新局面

拡大する情報技術研究開発予算

情報技術の研究開発に国が投入する予算が拡大している。数年前まで、情報化に対する政府予算の日米格差にはかなりの開きが見られたが、その後の財政政策の転換もあって、少なくとも予算面で見る限り、その格差は縮小方向に向かっている。平成11年度の当初予算を見ると約1兆6千億円が情報通信の高度化のための施策に計上されているが、このうち、基礎的・先端的な研究開発に対する予算は約380億円であり、研究分野の情報化予算780億円を加えれば、1000億円以上の予算が情報通信に関わる研究開発に投入されることになる。さらに、平成10年度の補正予算なども加えれば、一時的にせよ米国政府が「数学・コンピュータ科学分野」に投入する約22億ドルの研究開発予算にもかなり接近した所まできている。

こうなると、今後、情報技術の日米格差の要因を政府が支出する予算格差に単純に求めることはできなくなる。政府予算を使って情報技術の研究開発を行っている研究コミュニティに対しても、これまで以上にその成果を厳しく問う納税者の目が向けられることは間違いない。

限界がある従来型の研究開発プログラム

本当の所、これで情報ベンチャーが群雄割拠している現在の米国のような姿に日本も向かっていくのだろうか。次のリーディング産業の一つは間違いなく情報通信分野であるから、こうした方向性で歯車が回っていかないことには困る。しかし、政府が支出する研究開発予算が増えたことだけで楽観的なシナリオは描くには短絡的過ぎる。幾つかの構造的問題を議論する必要があるが、ここで注目したいのは、いわゆる政府予算を使う研究開発プログラムのあり方である。むろん、最近では評価すべき動きも多い。研究提案を公募する研究開発プログラムの方向性が定着しつつあることは重要なことだ。しかし、それだけで研究開発プログラムの実効性を高めるには限界がある。

情報技術戦略は一流のプロに任せよう

結論から言えば、情報技術戦略に基づく研究開発プログラムの企画や運営は、もはやその道のプロに任せよう、ということである。これまで、政府予算を使う研究開発プログラムの多くは、いわゆる役所のなかで企画され、やはり必ずしも情報技術の専門家ではない人達によって運営されてきた。むろん、企画担当者は優秀であるし、いわゆる学識経験者の意見も聞いて報告書は立派なものができる。運営スタッフも堅実に仕事をさばいてくれる。しかし、それでもなお情報技術のプロが企画し、運営するのとでは根本的な違いが出てしまうことは避けられないのである。

一つのお手本は、米国のDefense Advanced Research Projects Agency (DARPA) である。DARPAは、インターネットを始めとして、重要な情報技術の研究開発をリードしてきた実績を幾つももっている、世界でも最も成功している研究開発プログラムの推進機関である(むろん、失敗プロジェクトも沢山あるだろうが..)。DARPAのやり方はこうである。研究分野の一流のプロ(一般に研究者と同時に研究統括リーダとしての資質が問われる)がDARPAに数年間籍を置く。プログラムマネージャと呼ばれる彼らは、その時点の技術動向を見て、研究開発プログラムを企画し、研究提案を募集する。彼らは、応募してきた全米の大学や企業のなかから最も優れた研究チームを10程度選択し、研究予算を与え、自らがリーダとなってプログラム全体を推進する。むろん、重要性を失った研究開発プログラムは容赦なくお取り潰しになる。

効果的な研究開発プログラムに向けた試行錯誤

DARPAのようなやり方をもって最高の方法と言うのではない。確かにDARPAのやり方には課題も多い。研究者の流動性が低い日本では、そもそも優秀なプログラムマネージャが集まるかどうかもわからない。しかし、こうしたアプローチは試みられてしかるべきである。

試しに日本の中央省庁のWWWサイトを「情報技術」と「研究開発」というキーワードで検索してみると250件もの文書が出てくる。行政レベルでも情報技術戦略の議論をするのは悪くない。しかし、情報ベンチャーが続出するような未来には、行政レベルで情報技術戦略の中身まで議論するような世界だけでは到達できそうにもない。そして、こうした現状から一歩踏み出して、貴重な研究予算を有効に活かせる道を見つけ出すのに、あまり多くの時間も残されていないように思う。