第二世代ナレッジ・マネジメント

インターネットが実現したもの、まだ実現していないもの

地下都市の遺跡から発見された大規模な電子図書館から膨大な「データ」を読み出し、 消え去った文明の謎を探る。 これは、昔筆者が読んだSF小説のモチーフだったと思う。 この小説では、主人公がキューブ状のコンピュータを使って、 この膨大なデータの山から次々と「古代技術学?」の問題解決に役立つ「知識」を見つけ出すのだが、 筆者自身はこれを読んで「こうもうまくいくものかな?」と素朴な疑問を持ったものだ。

こうした電子図書館に匹敵するグローバル・データベースが、 インターネットの上に構築されるような今日の状況を、今にして思えば、 この作者も筆者自身も想像し得ていなかった。 しかし、筆者がこの時に感じた素朴な疑問は、かなり的を得たものだったようだ。 インターネットにはさまざまな情報を提供するサイトが日々登場しているが、 こうした膨大な情報の山から、 実際に問題解決や意思決定に有効な知識を迅速に汲み取ることは、 多くの場合、至難の業である。 単なる情報と我々が「知識」と認めるものの間には、根本的なギャップがある。 「知識」とは、個人や組織が、それが有効なものと認識(獲得)し、 個人や組織のなかで維持し、問題解決や意思決定といった局面で活用する、 といった「プロセス」のなかで始めて存在意義をもつ。

ナレッジ・マネジメントの登場

日本でもしばしば耳にするようになった「ナレッジ・マネジメント」は、 企業のなかや顧客との間で、 企業の経営資産となり得る「知識」を処理する「プロセス」をキチンと作り込むことを狙ったものだ。 最近の実践的ナレッジ・マネジメントを、 それを支える情報技術の側面から見るとグループウェアや文書管理あたりが中心となる。 社内で回していた文書をグループウェアで共有するだけではないか、という見方もあるが、 系統的な文書管理や電子掲示板や電子メールを使ったコミュニケーションは、 組織内で知識の生産性や利用度を実際に高める、 という成功事例も少なくないので、これはこれで立派なものだ。

オープンなコミュニティにおけるナレッジ・マネジメント

しかし、こうした閉じた企業内で行われているナレッジ・マネジメントには、 管理の枠組みやそれを利用する個々人の役割や能力、 といったものにそれなりの前提条件がつけることが多いし、 ある意味でそれは妥当な選択だとも言えるだろう。 先に見たような情報と知識のギャップは、そもそも問題とならない枠をはめておくのだ。

したがって、次なるナレッジ・マネジメントの課題は、 オープンなコミュニティにおいて効率的な知識の生産性や利用度を高めることだ。 ネットワーク上の情報検索・収集システム、知識の格納庫としてのレポジトリの共有方法、 有効な知識を獲得するためにフィルタリングやテキストマイニング、 あたりが情報技術の側面から見た新たな課題となってくる。

プリケーション構築と連携した技術開発

こうした技術は、一部実用化が進んでいるが、 多くは発展途上の技術と行って差し支えないだろう。 米国では、この類の研究開発に例によって連邦政府も支出している。 米国科学財団(NSF)のKDI(Knowledge and Distributed Intelligence)計画や国防先端研究計画局(DARPA)のInformation Managementが良い例だ。 DARPAの例だと、Technology Opportunity Analysis System (TOAS) というプロジェクトがあって、 科学技術データベースに随時アクセスし、技術評価や技術予測に有効な知識を収集したり、 構造化するような研究が行われており、 実際に国防総省の研究開発計画担当オフィスで利用されているのだという。

日本でも、オープンなネットワーク上でナレッジ・マネジメントを構築するための技術開発に対して、 もっと公的な資金をつぎ込んでも良いだろう。 ただし、その際には一つ注文がある。 個々の技術テーマの研究開発だけではなく、 必ずアプリケーション構築と連携したプロジェクトをデザインすることだ。 NSFの例のように、学際研究のための知識共有が目的であっても良いし、 DARPAのように技術評価が目的であってもよい。 とにかく、具体的なアプリケーションのなかで個別の技術を利用し、 評価することが、「使える技術」の研究開発には不可欠である。

インターネット上でオープンなナレッジ・マネジメントが行えるような技術基盤が整えば、 先に紹介したSF小説ももう少しリアリスティックなものに書き直すことができるかもしれないが、 それにはもう暫く技術開発の動向を見ておくことが必要そうだ。