左目に世界中のコンピュータと連結した端末が埋め込まれ、 あらゆる情報が瞬時に飛び込んでくる。 敵を発見すれば犯罪者データベースにアクセスしてプロフィールを引き出し、 人工衛星カメラをコントロールして逃走する敵を追跡する。 人気デジタルコミック作家寺沢武一氏の作品、 左に神の目を持つ男『ゴクウ』だ。 10年前にこれほどリアルに近未来のネットワーク監視システムを描き出した才能には、 ただただ驚嘆してしまう。
もうすでに見られている
ゴクウのようなコンピュータ端末を持っていたら楽しいかもしれないけど、 自分がいつもどこかで見られていると考えると、これはたまらない話だ。 しかし、街中に監視カメラが設置され、個人の行動をずっと追跡できる ネットワーク監視システムは、あっという間にSFの産物から にわかに現実味を帯びた話になってきてしまった。
マンハッタンの路上には2400個のカメラが設置されているそうだ。 ニューヨーク市民自由連盟 はこれらのカメラの場所を 地図にして、 カメラを使うことを法律で規制すべきだと主張している。 日本の幹線道路に設置されている自動車ナンバー自動読み取りシステム(Nシステム)は、 原理的には移動する自動車ならかなり追跡できるはずだ。 全国に張り巡らされた Nシステムの設置マップを見ると、 車で走る道を選びたくなってしまいそうだ。
もちろん原理的にできるというのと、実際にやるというのとのギャップは大きい。 何千台、何万台のカメラからのビデオ信号を送れるネットワークはまだないし、 すべてのビデオ画像をためて置いておく場所もない。 仮にビデオを保管できたとしても、膨大な画像から誰か個人を見つけるのは至難の技である。 だから、今のところはそれほど心配しなくてもよさそうだ。
ネットワーク監視カメラの3つの技術
もし、ネットワーク監視カメラを実現するとしたら、 3つの技術的なポイントがあるだろう。
まず、ビデオ画像そのままではデータ量も膨大になるし、情報を引き出すのも大変だ。 そこで、瞬時に 画面に映っている人を見分ける技術が必要になる。 そうすれば名前や時刻・場所、何をしていたか、 何を着ていたか等の圧縮された情報だけを送れば済むからだ。
とはいえ、やはりある程度の画像は送らなければならない。 生画像からは文字では表現できない微妙な情報が得られるからである。 多くの人や車の画像を一度に送るためには、 光通信などの超高速ネットワークが不可欠になる。
ビデオカメラも今より賢く高性能にならなければならない。 映す対象をあらかじめ決められないので、 現在のVHS程度のビデオカメラでは人を見分けるのはとても難しい。 見つけた人に注目してズームしたりカメラを振ったりできるトラッキングビジョンと ハイビジョンカメラを組み合わせて、 始めて人を見分けることができるようになる。
どれもまだまだの技術ではあるけれど、着実に進歩している。 5年もすればインターネット監視カメラに使える技術は揃ってしまうかもしれない。
ユビキタスセンサならいいのだが
いながらにして世界中を見てみたいいうのは、誰もが持っているごく自然な欲求だ。 テレビや映画があれだけ普及しているのも、この欲求のおかげと言っていい。 ただ、私たち個人が監視されるのが困るという話だ。 監視カメラというと悪いイメージしか浮かばないが、 有用な情報をリアルタイムで広範囲にモニタリングする 「ユビキタスセンサ」(=どこでもセンサ) という発想自体はほんとうは悪くない。
横浜市 や 千葉市では 大気や水質などの環境データをリアルタイムで常時監視しており、 データベースやインターネットで公開している。 環境保護は多くの人が現状を知ることで、初めて意識される話だから、 このような環境情報はもっと力を入れてシステムを整備して公開して欲しい。
そこら中で何かをモニタしているという意味では、 交通渋滞を調べてカーナビに送信してくれるVICSや、 豪雨のときに川の水位を測る防災システム、 地震観測システム、 気象庁のアメダス なども、私たちの暮しに役立っているユビキタスセンサだ。
街の様子や自然をインターネットで24時間流しているライブカメラも これだけ増えてくると、ユビキタスセンサの仲間入りをしそうだ。 日曜日には出かける前に遊園地や繁華街の混雑具合を見ておきたい。 富士山やサクラは何かの役に立つわけでもないけれど、 見ていて楽しいのはいい。
監視カメラとなるか街頭カメラとなるか
そう、ネットワーク監視カメラもお天気カメラや街頭カメラと考えて、 誰かを個人的に見るのでなければ、とても便利なツールになる。 自宅の窓にカメラを一台おいて、24時間インターネットに流すだけなら わずかの投資で今でもできてしまう。 何千台のライブカメラで監視することも技術的にはもうすぐ可能になる。 ネットワーク監視カメラは便利なインフラになるのか、 それとも息が詰まるような監視社会への扉を開いてしまうのか。 いつもどこかで見られているのは芸能人だけで十分だ。
本文中のリンク・関連リンク:
- 東芝はビデオ画像から顔を認識する技術を開発した。
- NTTは光ソリトンを使った160Gbit/sの超高速通信実験を成功させた。
- 富士通はトラッキングビジョン技術を使った侵入監視システムを開発した。