このコーナーでは、情報分野にかかわらず、さまざまな分野でご活躍されている方を インタビューなどを交えながら紹介していきます。そして、その道で強く持ち続けている こだわりを私なりの情報メディアの観点から、 毎回一つのメディア美学としてまとめられればと思っています。
第1章「視点は思点(してん)」
対談者:深沢武雄さん(株式会社テクネ 代表取締役)
と呼ばれていた。1998年8月20日夜8時、五島プラネタリウムでは、特別招待者とスタッフの約100名が 20メートル級のドームスクリーンを見上げていた。 ドーム内は一旦照明が落とされて真っ暗になったあと、心地よい速さでフェードインを始めた。
ドーム全天周にスペインのアルタミラ近くの洞窟が出現した。
『洞窟美術』などと言われるほど、美しい動物の絵が描かれている。
『人類史上初めてのVR』が、さらに現代のVR技術によって蘇った瞬間だった。
財団法人天文博物館 五島プラネタリウム(東京・渋谷) とプラネタリウムのトップメーカ 株式会社五藤光学研究所(東京・府中) との共催による1998年夏の特別プログラムの期間を利用した実験投映会で、 三菱総合研究所(我々MediaKitchen(TM)チーム) が企画担当する一夜のことだった。
その洞窟は、深沢さんが昨年から今年にかけてスペインで撮影してきた フィルム(写真)を用いて、 ハイエンドグラフィックマシンと6台のプロジェクタによって構成されている五藤光学研究所の バーチャリウム(VIRTUARIUM)(TM)によって再現された。
アルタミラ近くの洞窟 (photographed by 五藤光学研究所)
対談
森田 「いままでずっと聞きたかったのですが、 なぜ、深沢さんは、スペインの洞窟美術や、モンゴル(アルタイ山脈)、マヤ(ユカタン) といった遺跡の撮影をしているのですか。」
深沢 「何故かといわれると困るんですが、歴史に汚染されていない場所になんとなく 引き寄せられるからだと思います。」
森田 「壁画は旧石器時代のものということですが、文字もまだない時代なのに、 たしかに動物などが生き生きと描かれていますよね。」
深沢 「壁画を前にすると、1万2千年前に視覚に関する脳細胞はすでに完成していた、 と思う程、非常に緻密な観察力によって描かれているのがわかる。 しかも表現が温かく、素直だということが特徴なんだ。旧石器時代は、 それだけ生活は厳しかったかもしれないけれど、すくなくとも人間関係は、 平和だったということじゃないかな。」
森田 「新石器時代に入っても当然絵が描かれていると思うのですが。」
深沢 「それが氷河期が終わって、新石器時代になると、 ヨーロッパでは旧来の写実的な表現方法がぷっつりと途切れている。 特に土器などを見ると、日本の縄文土器と比較しても、その表現は極めて稚拙で、 一方、人間関係が複雑になってオープンサイトの岩陰には戦いの絵などが描かれ始める。」
森田 「旧石器時代はきっと、さまざまな意味で豊かで幸せ だったんでしょうね。それがどうして、、、」 (そうか、深沢さんは、この謎が知りたいんだ、きっと)
(1998.12/4 QTVR自動生成システム『Auto QTVR』の前で)
パノラマ、全天周、全方位
といった3D撮影を、マルチメディアコンテンツの作成手法の一つとして
積極的に取り入れてきたことで深沢さんは有名である。
たとえば、アップル社の全天周ムービー規格 QuickTime VRを自動生成するシステム Auto
QTVRを自ら開発、製造販売し、また、このシステムを用いたコンテンツ制作などを行っている。
この3D撮影とデジタルメディアのノウハウによって、各地の貴重な映像のアーカイブや、 博物館や資料館などで 電視資料(デジタルメディアを用いて電子的に見せる資料を深沢さんはこう呼んでいる) を作成する仕事を行っている。 そして、スペインの洞窟撮影と考古資料データベースの作成が、 財団法人マルチメディアコンテンツ振興協会 の支援事業に選ばれた。
デジタルドームシアタVIRTUARIUM(これは次回の美学書で詳しくお話する予定)は、
3次元リアルタイムCGを投映することができる。
私はかねてから、 『ドーム内に世界遺産などの実空間(実写)を まるごと出したい』という欲望に駆られてきた。
その第一段階である、”静止画による実空間ドーム投映”が実現できるチャンスがきた。
深沢さんにお願いをして、これまで撮りためてこられた洞窟写真やモンゴルの全天周フィルムをお借りして、
3次元仮想空間に貼り合わせて、画像の歪みやつなぎ目などの処理を行い、 フライスルー(仮想飛行)できるようにしたのだ。
視点の平行、回転移動、ズームやパンといった演出効果もさまざまに試され、圧倒的な臨場感と、 言葉では語ることができないほど素晴らしい新しい感覚を持ったシアタが実現した。
モンゴルのテント型住居ゲルとラマ教会(ドーム中心は天井)
(photographed by 五藤光学研究所)
この映像が動画となって、自由に視点を変えられたらどんなに素晴らしいだろうか。
今回の実験投映会でその効果の一部を確認するために、 3連装カメラを用いた3面連続デジタルムービーを
3台の液晶プロジェクタで投映する実験を行った。
3連装カメラと3面連続動画映像「渓流の流れ」
(photographed by 三菱総合研究所&五藤光学研究所)
VHSビデオクオリティ(1/7圧縮)のフルサイズ(640×480画素)のデジタルムービーを 再生させることができる特製パソコンをこの日のために3面対応に組み上げて、 「たんぼのあぜ道を歩く」、「五箇山・白川郷の合掌造り」などのデジタルムービー をパノラマ再生してみた。かなりの迫力である。
この実験では、巨大なドームスクリーンのほんの小さな窓に映像を投映するだけであったが、 動画になるととたんに映像に『つや』が 出てくるのが不思議であった。
対談つづき
森田 「国立民族学博物館(大阪・万博記念公園)
の特別展『大モンゴル展?草原の遊牧文明?』(1998.7/30?11/24)でも、
テクネさんが制作したマルチメディア展示がありましたね。
世の中では『デジタルメディアやインターネットは まだまだ使えない』などと言う人がいますが、 これに対して深沢さんはどうお考えですか。」
深沢
「もしインターネットがなかったら、スペインの洞窟に入るきっかけも作れなかったし、
許可も得ることも協力を依頼することも非常に困難できっとまだ実現していなかった。
会社の事業の柱の一つはソフトウェアの作成で、PIXELやPICTROGRAPHYといった
プリンタなどのデバイスドライバを作って販売するということをやってきている。
そこにいま電視資料に関する新規事業が軌道に乗り出してきたきっかけは、考えてみれば、
インターネットでのホームページ公開やメイルの交換などに依るところが大きい。」
森田 「電話は、目的や理由がないとしませんけど、メイルは気軽ですからね。インターネットもよく 『Webの中は本当の意味で有益な情報はない』と言う人がいますが…」
深沢 「そういうことを言う人は、たまたま”ゴミ拾い“をしているだけじゃないのかな。 大体人類がこれまで作ってきたものは、見方によってはほとんどゴミなんだから。 よっぽど注意しないとゴミだけしか見えない。」
森田 「『もらえる』『拾える』という意識だと、インターネットの中ではだめですよね。 もともと『共有すること』で成り立っているわけですから。 私もメーリングリストなどでは情報をどんどん『こぼす』ことにしています。 そうすると自然と情報が回り出します。」
深沢 「ゴミばかりとか言っている人も、自分で良いと思うものを出せばいい。 テクネのホームページは、かなりの部分を私と娘で作っているんだけれども、 サロンのようなもので、国内ばかりでなく、海外からも見知らぬ人が メイルをくれるので、毎日メイルを読む時にワクワクしてしまう。」
森田 「サロンという考え方はいいですね。情報ばかりでなくて『人の思い』も集まりそうで。 デジタルなサイバースペースと言っても、結局人の心の集まりによって成り立っていますよね。」
深沢 「デジタルデータのいいところは、すぐさまさまざまなメディアに載るところ。 先史美術をはじめとして、人類の文化遺産を世界中で共有すること、 知識の開放のために新しいテクノロジーを使えたら素晴らしいね。」
深沢さんの美学
は、『視点』へのこだわりにあると私は思う。視点をどう置くかは、 物事をどう理解して、どう伝えていくか、ということである。
1万2千年前の人、縄文人、モンゴルの遊牧民など、 さまざまな人達の視点に立って表現したものを、さらに世界中の人々と、視点を通して 『思い』を共有する。
視点には、いつしか心が入り、『思点』となるんだ。
深沢さんと私