先月、人間中心設計機構主催の研究発表会が開催された。研究内容もさることながら、質疑応答やパネルディスカッションも大変興味深い内容であった。今回は研究発表会の内容を交えながら人間中心設計(HCD: Human Centered Design)の導入について考えたい。HCDは顧客を創造するのである。
技術者には慣れない「人間中心」思考
人間中心設計とはその名のとおり、利用者(人間)の立場に立って機器やサービスを設計することである。誰でも使える製品を設計するユニバーサルデザイン、人間の身体特性に合った製品を設計する人間工学、製品の使い勝手を考慮するユーザビリティ、製品の印象全体を含めたユーザエクスペリエンス、高齢者・障碍者等への配慮を加えたアクセシビリティ等、幅広い概念を含んでいる。
「利用者の立場に立って開発することは当たり前ではないか」と思われる諸氏も多いだろうが、「新しい機能を開発したから新製品には追加したい」、「自分には面白いからきっと売れるはず」といった提供者側の論理で設計が進められることは珍しくない。研究発表会に参加していたマニュアル作成を担当しているテクニカルライターは、マニュアルを書きにくい製品が多いことを指摘していた。開発側から新製品の機能リストを渡され、そこから利用方法を想像ながらマニュアルを作成しなくてはならないそうだ。利用者のことは後から考えているのである。そのテクニカルライターは、設計フェーズに関われればもっと良い方法を提案できると感じることがしばしばあるという。
テクニカルライターだけではない。HCDに関する研修を行なっている講師曰く、「技術者は利用シナリオを作ってから具体的な操作を考えるよりも、具体的な操作を列挙してからシナリオを作るほうが得意」とのことである。HCDを学ぼうという人であっても、利用者のことは機能の後に考えてしまっている。技術者には機能ベースで考えることが浸透してしまっているといえる。
費用対効果を求める組織
組織の側はどうだろうか。以前もユーザビリティの費用対効果の把握が課題であることを指摘したが、状況は変わっていない。パネルディスカッションに参加していたサイバーエージェントでは、HCDの社内勉強会を開催し、現場でも適用を始めている。HCDが改善点の発見に有用な一方、設計期間の増加を感じているが、定量的に評価できていないことを課題として挙げていた。電機メーカーからの参加者も費用対効果が重視されている旨をコメントしていた。
一方で、費用対効果を求めていない組織もある。NHN JapanにはUX(ユーザエクスペリエンス)チームがあり、他部署からの求めに応じてユーザビリティ評価等を行うが、費用対効果の算出は求められていないという。韓国の親会社にはUXラボがあるなど、組織レベルでHCDの重要性を理解しているのである。
技術者と経営側の双方に課題
上記はごく一部の事例に過ぎないが、概ね筆者の感触とも一致している。人間中心設計の導入には、技術者と経営側の双方の理解が必須である。
技術者に対しては、「利用者の立場から考える」という習慣付けが第一歩である。ユーザビリティ評価によって設計の改善点を洗い出し、そのメリットを実感させるのもよいが、それでは設計は機能ベースで行われてしまう。初めから人間中心設計ができれば評価・改善にかかるコストも削減できる。「人間中心」とはどういうことかを体感させ機能中心設計から脱却させる必要がある。そのための方策として、上述のテクニカルライターが述べたように別フェーズの担当者(マーケティングやテクニカルライターなど)を設計に関与させることもよいだろう。
経営側は「人間中心」の意味を考えたい。「人間≒利用者≒顧客」である。「顧客のことを考える」のはドラッカーも言うように経営の基本である。人間中心設計を顧客のことを考えるプロセスのひとつと捉えれば、費用対効果に囚われず長期的な視野から導入を進めていくことができるのではないだろうか。HCDの組織への導入をモデル化したUMM (Usability Maturity Model)においても「顧客のことを考える」ことが第一段階とされている。最初から「ユーザビリティ評価の義務付け」等の制度を作ると費用対効果が議題となってしまいがちである。HCDの概念が浸透してから評価等を実施していくことにより、スムーズなHCDの導入が可能となろう。
本文中のリンク・関連リンク:
- 特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構 ~ 人間中心設計に関する資格認定も実施している
- 2010年度 第2回HCD研究発表会
- 企業内システムの気配り (週刊Take IT Easy 2009年2月17日号)
- UMM (Usability Maturity Model)