企業内システムの気配り

「ユーザエクスペリエンス」???

ユーザビリティの分野で注目されている用語に「ユーザエクスペリエンス」という言葉がある。直訳すると「利用者体験」。初めて耳にしたら何のことだかさっぱりわからない。「ユーザビリティ」が製品やサービスの使いやすさを指しているのに対し、「ユーザエクスペリエンス」は使いやすさのみならず製品やサービスを使った(体験した)ときの満足感や楽しさ、心地よさなどの全体的な印象を指している。

たとえば、iPhoneはタッチパッドを使った新しいユーザインタフェースが単に使いやすいだけでなく、「もっと使いたい」、「持っていてうれしい」といった感情をも与えると言われており、これを「優れたユーザエクスペリエンスを提供している」と表現する。ディズニーランドも同様だ。単なる遊園地ではなく、ディズニーの世界が満足感を提供し、多くのリピーター客を生んでいる。

訳語の話に戻ると、体験したときの心地よさを踏まえて「おもてなし」という訳語も考えられているという。「おもてなし」を宣伝文句にしている自動車を思い出してみると、「ユーザエクスペリエンス」と「おもてなし」の類似性が理解しやすいのではないだろうか。英語は利用者の立場から見ているのに対し、「おもてなし」は製品・サービスの立場から見ているという違いはあるが。

企業内システムのユーザエクスペリエンス

さて、以前指摘したように、企業内システムにおいては現状ではユーザビリティすら満足に満たされていない状況だが、ここでは一歩進んでユーザエクスペリエンスの重要性を考えてみたい。

実はユーザエクスペリエンスを重視した企業内システムも登場し始めてきている。しかし、冒頭のようなユーザエクスペリエンスの説明をしたら、多くの経営者はおそらく「おもてなしなんて必要ない!社員をもてなしてどうする!」と一蹴してしまうだろう。企業内システムを語るときに「おもてなし」という訳語は不適切だ。とはいえ「ユーザエクスペリエンス」というカタカナ言葉ではもっと通じない。

そこで提案である。「気配り」という語を使ったらどうだろうか?「おもてなし」は客人など丁重に扱うべき人物への対応に使うのに対し、「気配り」では互いの関係は問わない。システム導入前は担当者間で何かと融通をきかせていたのではないだろうか?互いに気配りをして良好な関係を構築していたのではないだろうか?企業内システムは担当者がシステムに置き換えられたものだと考えれば、企業内システムにも気配りが必要、というのはわかりやすい考えだと思う。

「気配りの効果がどの程度あるのか?」という問いには次のように答えられる。確かに気配りによって作業がスムーズに進み生産性が向上したとしても、利用者の多いシステムでないと費用対効果は悪いかもしれない。しかし、内部統制の強化やリスク低減につながっていることを忘れてはならない。システムが使いにくければ間違いを犯す確率も高く、また、「手続きが面倒だ」ということからつい手続きをさぼるということにもなりかねない。対応策として不適切な手続きに対して罰則を用意することが考えられるが、監査に力を注いで社員の士気を下げるよりも、きちんと手続きをしたくなるようなシステムを作る方が建設的である。

定量化・可視化が課題

「気配り」の重要性をわかってもらえたら、最後の難関は費用対効果の定量化である。気配りのできる企業内システムを構築するためには、業務担当者や利用者によく聞かれる質問やよく間違える点を地道に聞いていくことが必要である。また、技術面でも気配りに関する機能の増加によりコストアップが見込まれる。これらの金額と前述のリスク低減と士気向上の効果を定量的に評価しなくてはゴーサインは得られない。

残念ながらユーザエクスペリエンス向上の効果を簡単に計測したり、あるいは、低コストで適切な向上方法を探し出すようなツールはなく、今後の課題となっている。筆者らは企業システムのユーザビリティを定量化・可視化する手法WEISERを開発しており、これをユーザエクスペリエンスにまで拡張していき、問題解決の一助になれないかと考えている。