2006年11月、Internet Explorer (IE) 7がリリースされた。それから約1年半、IE 7のシェアは着々と増加しているものの、いまだにIE 6も現役である。そんな中、IE 8の開発版が開発者向けに公開された(正式リリースは今年中とみられている)。IE 8には新たな機能も追加されているが、最も注目すべきは「標準準拠モードを既定値とした」ことである。
標準準拠モードとは
HTMLやCSSといったWeb関連技術に関しては標準仕様が勧告されており、この標準仕様に従ってWebページのレンダリング(表示や動作)を行うモードが「標準準拠モード」である。「標準があるならそれに従うのは当然ではないか」と感じるかもしれない。しかし、インターネット上には、標準仕様が浸透する前に制作されたWebページや、標準仕様を守っていないブラウザに合わせたページ、標準仕様をきちんと理解していないWeb制作者によって作られたページが多数あるのが現状である。そのためほとんどのブラウザは、このような標準に従っていないページも制作者の意図した通りにレンダリングするための「過去互換モード」も用意している。そして、一定の基準に従って自動的にふたつのモードを切り替えている。
ただし、標準準拠モードにも問題があった。IE 7やFirefox 2では、標準準拠モードであっても、未実装の機能があったりして標準に完全には準拠していなかったのである。IE 8はようやく完全に準拠した(正確には、ブラウザのWeb標準に対する準拠度を図る指標であるAcid2に合格した)。主要なブラウザではAppleのSafariのみが合格していたが、Firefoxの次期バージョンの開発版もAcid2に合格し、状況が一気に変わろうとしている。
既定値化の効果と問題
標準準拠モードを既定値とすることには実は大きな問題がある。ふたつのモードはかなり単純なルールによって切り替えられているため、過去互換モードで表示すべきページを標準準拠モードで表示し、その結果レイアウトが乱れたり動作がおかしくなる可能性があるのだ。これは一般利用者には混乱を招くため、サイト管理者は早急にチェックや修正が必要となる。
しかし、一時的には混乱が発生したとしても長い目で見ればより大きなメリットがある。それは、標準準拠コンテンツの普及と、その結果確保される互換性である。互換性とは、IEだけでなく他のブラウザでも閲覧できる互換性、PCからだけでなく携帯電話やデジタル家電からもアクセスできる互換性などがある。また、IEの次々バージョンとの互換性も忘れてはならない。IE 7が登場した時も、タブ機能に代表される便利な機能が追加されたものの、多くの企業では「社内システムが正常に動くかわからないためIE 7を使ってはいけない」という指示が出され、利便性を享受できなかった。1年半たった今でもIE 7を禁止している企業は多い。標準に従ったWebシステムを開発し、標準に従ったブラウザで利用するようにすれば、たとえブラウザがバージョンアップしても移行は容易にできる。
移行の課題
このように標準準拠が「善」であることは理解しやすいが、IE 6のような旧バージョンのブラウザも存在する中で標準準拠のコンテンツが普及するには次のふたつの大きな課題がある。
- Web制作者でさえ「過去のコンテンツに標準準拠ブラウザでアクセスしたときに生じる問題」や「旧バージョンのブラウザで標準準拠コンテンツをアクセスしたときに生じる問題」を把握しきれていない。
- 旧バージョンのブラウザと標準準拠のブラウザの両方で正しく閲覧できるか確認するには工数がかかり、Web制作費用が増加する。しかし、発注者側がそのコストを相応に負担してくれない可能性が高い。
前者に関しては、まずは情報を一箇所に集積する必要がある。ブログや掲示板にはたくさんの情報があり、また、筆者らがIPAからの委託を受けた調査もあるが、これらを見やすい形で整理して利用できるようにしなくてはならない。Web関連企業はデザイン業界、SI業界、印刷業界など出自が様々であり、また、歴史が浅いこともあり、これといって大きな業界団体がないが、情報を集積する何らかの中立的な組織があると有用である。さらに、集積した情報の利用方法として、単にWeb上で検索するだけでなく、制作中のコンテンツを自動的にチェックするツールも考えられる。
後者は発注者側に標準準拠の利点を訴えていくほかにない。たとえば前述の社内システムであれば、ブラウザのバージョンアップに伴って社内システムを修正する必要が無くなり、そのコストが浮く。また、対外サイトであれば、IE以外のブラウザ利用者からの閲覧が増加することにつながる。IE以外のブラウザのシェアは日本ではまだ高くないが、欧州では2008年2月時点でFirefoxは13.76%、つい先日Windows版が正式公開されたSafariが2.18%(OneStat.com社調査)と無視できないシェアであり、この流れが日本に来る可能性は否定できない。
ブラウザは仕様と実装を明確に
Webページの互換性の問題は、もとはといえばブラウザの仕様が曖昧だったりバグが多かったことが原因である。Web制作者にしてみれば、標準に準拠していてもブラウザ閲覧できないページを制作しても無意味なため、多数の特定ブラウザ向けページが生まれてしまった。今回、IE 8やFirefox 3が現在の標準に従ったとしても、HTML 5、マイクロソフトのSilverlight、アドビのAirなどWeb関係の新しい技術は続々と登場しているため、将来また同じ問題が繰り返される可能性は残っている。新技術は一時的に混乱を生じさせても競争は私たちにより便利な環境をもたらしてくれるため、技術開発を否定するつもりはない(ブルーレイとHD-DVDの次世代DVD技術をめぐる争いは記憶に新しい)。しかし、どの技術が優勢になるにせよ、仕様が公開され、ブラウザがその仕様に正しく従って実装されていなくては、また同じ問題が繰り返されてしまう。複数のブラウザできちんと見られるか確認する作業はまったく無駄な作業・コストである。ブラウザベンダはこの点をしっかりと認識してほしい。
本文中のリンク・関連リンク:
- IE7への期待 〜 IE7がWeb標準を推進する可能性 〜 (2006/11/28)
- Acid2 Browser Test (The Web Standards Project)
- OneStat.com社のブラウザシェア調査結果(2008年2月)
- OSSデスクトップ普及に資するWebコンテンツ互換性向上に関する調査 ((独)情報処理推進機構 (IPA))
- 互換性の高いWebコンテンツ作成を支援するツールの仕様検討に関する公募((独)情報処理推進機構 (IPA))