バーチャルアイドル元年

どれだけの共感が得られるかは分からないが、伊達杏子がSecond Lifeのアバターとして復活したというニュースはなかなか感慨深いものがあった。

バーチャルアイドル伊達杏子

伊達杏子は1996年にホリプロからデビューした、おそらく世界初のバーチャルアイドルである。三次元CGモデルと、オーディションによって選ばれた声優によって構成され、CDを発売したり、ラジオに出演したりという活動を行っていた。幾度かのバージョンアップ、すなわちCGモデルの変更を行いながら、数年に渡り活動を続けていたが、特に引退宣言のないまま、ここ数年は人前から姿を消していた。伊達杏子がどこまでアイドルとして機能していたのか判断するのは難しいが、いつの間にかいなくなり、ある日突然復活するというプロセスは、実にアイドル的と言える。

伊達杏子が登場した時、多くの人が「彼女は一体なにをするのだろう」と考えたはずである。アイドルの仕事のどの部分を、バーチャルアイドルが代行するのか。そして、生身のアイドルでは出来ない、バーチャルアイドルならではの仕事とは何なのか。一般的なアイドルの仕事は、写真集やCDを売って、テレビに出演して、イベントに人を集めて、事務所にそれらの収益を還元させることである。一方、バーチャルアイドル伊達杏子は機能面で出来ることが限られており、収益モデルとしてはCDを売るのに留まった。今日では生身のアイドルでさえ供給過多であり、数多く生まれてはすぐに消えていく。バーチャルアイドルという存在が確立するためには、機能面の制限を挽回できる、独自の収益モデルが必要である。

そんな収益モデル、そんなバーチャルアイドルは存在するのだろうか。存在するし、今後ますます一般化していく、というのが筆者の意見である。実際、今年に入って、わずか半年の間に一億円以上を売り上げるというバーチャルアイドル(たち)が誕生した。それはXbox 360用の「THE IDOLM@STER」というゲームに登場するアイドル(たち)である。

一億円アイドル「THE IDOLM@STER」

「THE IDOLM@STER」はプロデューサとなってアイドルの卵を育てていくというシミュレーションゲームである。最初に選択するアイドル、衣装、アクセサリ、持ち曲といった組み合わせが無数に存在するため、他のユーザとは異なるアイドルに育てていくことが可能となっている。このためか、YouTubeニコニコ動画(要会員登録)といった動画共有サイトではユーザが育てたアイドルの姿が多数公開されており、それぞれが実際のアイドルさながらにファンを獲得している。さらに特徴的なのは、アイドル用の衣装やアクセサリがオンラインで販売されており、アイドルを着飾らせるため、強化するために投資が可能という点である。個々のアイテムは数百円ほどであるが、先日、こうした衣装やアクセサリの売上総計が「THE IDOLM@STER」の発売後わずか半年で一億円を越えたと発表された。この一億円は、開発コストや流通コストがほとんどかからないことを考慮すると、一般的なゲームソフトの売上の一億円に比べ、ずっと大きな価値がある。

「ときめきメモリアル」のように、ゲームの登場人物がCDやアニメ、書籍といったメディアミックスに展開された例は過去にも多く存在する。また熱帯魚育成シミュレーションの「AQUAZONE」のように、魚や餌といったゲームの追加データがパッケージで販売された例も多数ある。さらに、昨今のオンラインゲームは、月額いくらといった課金モデルではなく、強い武器を得る場合はいくら、自分の家を得る場合はいくら、といった課金モデルが一般的となっている。「THE IDOLM@STER」はこうした既存のシステムをアイドル育成シミュレーションに適応したに過ぎないかもしれない。しかし、Xbox 360のようなオンライン課金システムに対応した次世代ゲーム機が登場したことにより、「THE IDOLM@STER」がこれまでにない強力な収益システムを作り出したことは事実である。そして、それは伊達杏子が果たせなかった未来像であり、本年が真の意味でバーチャルアイドル元年と言える。

少額決算時代のゲーム

「THE IDOLM@STER」のパッケージは他のテレビゲーム同様、七千円ほどに過ぎない。他方、登場する全てのアイテムをオンラインで購入した場合、四万円以上が必要となる。一億円という売上は、二千人強のユーザが全てのアイテムを購入した場合と、大雑把に計算出来る。二千人以外のゲームファンは現状をまだ笑っていられるかもしれない。しかし、自分の好きなゲームにおいて、「強力なアイテムを手に入れるためには追加で○○円が必要です」「新しい物語を見るためには追加で○○円が必要です」といった表示が現れた時、そしてボタン一つでその決済が可能となった時、いったいどれだけの人が抗えるだろうか。少なくとも筆者には、その自信がない。そして「THE IDOLM@STER」が成功した以上、そうした未来は必ず来るはずである。「THE IDOLM@STER」を販売するバンダイナムコゲームズに続いて、ビジネスチャンスを掴むのは誰だろうか。