Web 2.0は満員の洞窟

2006年の流行語大賞は「品格」と「イナバウアー」だったが、IT分野に限っていえば、間違いなく「Web 2.0」の年だった。

「Web 2.0」という言葉が日本で大きく取り上げられるようになったのは2005年の末、ティム・オライリーがその概念を分かりやすくまとめて紹介した頃からだと記憶している。日本においては当初ギーク向けのバズワードでしかなかったが、2006年早々に「ウェブ進化論」が発刊され、これが大ヒットを記録した前後から、立派なビジネス用語として取り扱われるようになった。ロングテール、集合知(Wisdom of Crowds)、マッシュアップ、メタデータ、ソーシャルネットワーク、ブログといった様々な概念やサービスがこうした文脈で誕生、あるいは再構成され、2006年のIT分野はなにが生まれてもWeb 2.0に関連付けられるという不思議な状況にあった。

Web 2.0の勝者は誰か

オライリー自らWeb 3.0はまだ来ないと言うように、Web 2.0をめぐる喧騒はもうしばらく続きそうだ。しかし振り返ってみて気になるのは、ブームとは裏腹に、2006年を通してWeb 2.0で成功した企業がほとんど生まれなかったことである。

Web 2.0という文脈で必ず挙がる名前としては、なにを置いてもGoogle、そしてAmazon、いずれもWeb 1.0時代からの大企業である。日本でよく名前が挙がるのは積極的にAPIを公開し、「ウェブ進化論」の梅田望夫氏も所属する「はてな」だろうか。Flickrdel.icio.usといった実にWeb 2.0らしい海外のサービスは、早々にYahoo!に買収されたが、そこからシナジーを生み出せていない。昨今の話題性はWikipediaを挙げる人もいるだろうが、そもそも営利企業ではなく、寄付に依存する状況は変わらない。miximyspaceが”2.0″かどうかは議論が必要だろうし、Second Lifeは”Web”でさえなさそうだ。これらを除くと、候補者リストにはdiggくらいしか残らないのではないか。

YouTubeは成功か失敗か

2006年を賑わせたYouTubeはどうだろう。彼らはビデオ共有という負荷の高いサービスを、ユーザーの環境が整った絶好のタイミングで立ち上げて多くの注目を得た。しかし若干の広告に支えられた収益は、インフラ構築に必要なコストに見合うものではなかったと言われている。並のベンチャー企業ならあっという間に軒を畳むような多額の赤字を出しながら、売却先を粘り強く探し続け、最後にはGoogleの一部となったのはご存知の通り。これは成功例だろうか?それとも失敗例だろうか?

もちろん、近年稀に見るサクセスストーリーと捉えるのは簡単なことである。しかしベンチャーキャピタルからの多額の投資と、Googleという巨大企業からの買収提案があって初めて成り立った話から、我々は何を学ぶべきなのだろうか。Web 2.0を標榜するベンチャーが目指すべきゴールはGoogleかYahoo!の買収だけなのだろうか。

Web 2.0の構造的問題

なぜWeb 2.0企業はなかなかうまくいかないのか。そこには構造的な問題がある。Web 2.0サービスはユーザの参加・貢献が必要不可欠だ。ロングテールや集合知と呼ばれているものは、人が集まって初めて価値が生まれる。裏を返せば、人が集まらないWeb 2.0サービスには価値がない。例えば、ユーザがほとんどいないソーシャルネットワークに参加したいとは誰も思わない。その結果、サービスの立ち上げに失敗すると、誰も集まらないので誰も集まらない、という悪循環に陥ってしまう。

これは一方で、GoogleはなぜWeb 2.0で成功するのかというのと同じ話だ。つまり彼らの一挙手一投足は以前から多くの人間から注目されており、新しいサービスを初めればすぐに充分なユーザを獲得出来る環境にあるのである。

Web 2.0はユーザに支えられて成長する文化である。Web 1.0サービスではユーザに気に入られて使ってもらえれば良かったが、Web 2.0はさらに貢献を求めなければいけない。しかしユーザとユーザの持つ時間は有限である。結果的にWeb 2.0サービスは、今まで以上にユーザを奪い合う構図となる。mixi以外で活発な国内のソーシャルネットワークや、Flickr以外で評判の写真共有サービス、YouTube以外で人気のビデオ共有サービスをどれだけご存知だろうか?

現状を見る限り、どうやらWeb 2.0は寡占市場のようだ。しかもその市場にはGoogleやAmazonが既に存在する。世の中の盛り上がりとは対極に、Web 2.0は実のところもう満員で、入り込む隙間が無いのかもしれない。

Web 2.0との付き合い方

嘆いてばかりでも仕方がない。Web 2.0とビジネスはどう付き合うべきなのだろうか。

すぐ思い浮かぶのは、Web 2.0は既存サービスの利用に留めておいて、自らはWeb 1.0に立ち返るというやりかたである。自分たちのサービスはあくまで自分たちの手で拡充させ、集合知に惑わされることなく、良質なコンテンツをコツコツと作る。今日明日には注目を浴びることはないかもしれないが、そのうち雑誌で「Web 1.0の逆襲」なんて特集が組まれる時代が来るかもしれない。

既にユーザを把まえているところにWeb 2.0サービスを導入するやりかたもある。これは最初にユーザを集めることが難しいという構造的問題をうまく回避する。楽天は先日APIの公開に踏み切りYahoo!ニュースには個々のニュースに言及したブログへのリンクが加わった。他にも多くの既存サービスがWeb 2.0へ舵をきることにより成功する可能性がある。しかしこれは「いま勝者ならば今後も勝者になりえる」としか言っていない。

もしかすると一番簡単なのは、Web 2.0に囚われない、革命的なサービスを作ることなのかもしれない。そして人はそれをWeb 3.0の到来と呼び、これこそがWeb 2.0の成果だったのだと持ち上げるのだろう。批判的にWeb 2.0を捉えたことを後悔する日を、筆者は心待ちにしている。