携帯電話の22cmガイドラインの行方

「優先席付近では携帯電話をお切りください」という車内アナウンスは、日常的に公共交通機関を使っている方には非常に聞き慣れたものだろう。これは、心臓ペースメーカなどの医療機器に対して、携帯電話の電波が及ぼす悪影響を考慮した対策である。今回は、このような対策が今後どのようになるか、近年の動向を踏まえて検討する。

携帯電話が医療機器に及ぼす影響とは

なぜ心臓ペースメーカに携帯電話を近づけてはいけないのか。これは、平成7年~8年にかけて、不要電波問題対策協議会(現在は電波環境協議会)が実施した調査研究に基づいている。ここでは当時利用されていた第2世代携帯電話について実証的に確認し、平成9年に公開した「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」において、『携帯電話端末の使用及び携行に当たっては、携帯電話端末を植込み型心臓ペースメーカ装着部位から22cm程度以上離すこと』と定めている。

上記の指針において、当時利用されていた PHS については、出力について条件があるものの利用が認められている。ただし、PHS端末と携帯電話端末は見分けがつきにくいため、『容易に識別できるように管理する』ことが求められている。

その後、携帯電話に関しては第3世代やWiMAXなどの新方式が出てきているが、それらの方式についても総務省が「電波の医療機器等への影響に関する調査」を平成12年度から毎年実施しており、その結果を踏まえた「各種電波利用機器の電波が植込み型医療機器へ及ぼす影響を防止するための指針」(以下、ガイドライン)において、22cmで安全性が保たれていることを確認している。

22cmガイドラインの見直し

実はこの22cmガイドラインは、日本独自のものである。海外では、英国・米国において6インチ(約15cm)というルールがあり、これを準用しているケースが多い。最近の携帯電話は、海外に持ち出しても使えるものが多く、また端末自体も世界共通規格で作られたものが日本で販売されるものも増えているため、22cmと15cmの違いを解消するべきではないか、という議論がある。

また、日本政府の行政刷新会議がとりまとめ、平成23年4月8日に閣議決定された「規制・制度改革にかかる方針」において、『ガイドライン(各種電波利用機器の電波が植込み型医療機器へ及ぼす影響を防止するための指針)の記載について、第二世代携帯電話サービス終了時に合わせて見直しを行う』と明記されており、平成23年度中に結論を出すことになっている。

確かに、平成9年に作られたガイドラインは、第2世代携帯電話での実証からできている。その第2世代携帯電話のサービスが、日本では2012年7月に終了するので、見直しを行うタイミングとしては適しているだろう。

誰のためのガイドラインか

ガイドラインによって携帯電話の利用が制限されているわけだが、実は不利益を被っているのは健常者ばかりではない。ペースメーカ装着者も不必要に不安感をあおられたり、自らの携帯電話の利用が妨げられたりしている。ガイドラインによって守られているばかりではなく、日常的な生活に制限が加えられているという事実もよく認識しなければならない。

たとえば、米国では食品医薬品局(FDA)が6インチのガイドラインを示しているが、最近では具体的な距離を示さずに、「ペースメーカ装着者に対する注意事項」として、「携帯電話はペースメーカと反対側の耳にあてる」「ペースメーカに近いシャツのポケットに携帯電話を入れない」といった、ペースメーカ装着者が安全に携帯電話を利用するための具体的な方法を示している。安全を確保しつつ、ペースメーカ装着者のQoLを損なわないための工夫といえよう。

ガイドラインの見直しは始まったばかりなので、どのような改訂に至るか現時点では定かではない。今後ますます利用拡大が予想される携帯電話に関して、ある程度将来を予見した内容にするとともに、ペースメーカ装着者の視点に立ち、安全にかつ過剰に保護しすぎないバランス感覚が求められる。