「おいしさ」を伝えていくIT

先般、ナチュラルアートという農業ベンチャー企業の講演に参加し、日本の農業について考える機会を頂いた。同社は農業を始める人の支援や、農業のブランド構築の支援等を事業展開する企業である。継承者不足等の問題を抱え、「儲からない産業」と言われる農業を、いかに活性化し魅力的な産業にしていくか、というコンセプトの元、事業を行っている。東京のような都市部に住んでいると、食品を消費するのみで、生産現場のことを忘れがちであるが、今回はITが実現し得る日本の農業の未来像について考えてみたい。

日本の農業の抱える問題と継承すべきもの

日本の農業は、現在、就労者の高齢化と継承者不足の大きな問題を抱えている。さらには、中国産等の海外の安価な原料に圧され、農家は販売価格を下げることを余儀なくされ、収益が圧迫されている状況である。

一方で、日本の農業には大きな強みも持っている。それは、年月をかけ蓄積された育成方法や、品種改良のノウハウである。筆者は前職で、海外からいらした方々に日本の食べ物を召し上がって頂く機会が多くあったが、多くの方々から「日本の野菜は瑞々しく、味が深い」といった意見を頂いた。つまり日本の農業には世界に誇れる技術がある。それはまさに「おいしさ」である。ここで「おいしさ」とは、作り手が拘りをもって講じた生産技術により実現した、安心・安全・味の向上であると考える。それを我々は継承していかなければならないと考える。

消費者の意識の高まりとそこにあるビジネスの可能性

また、昨今の中国産製品等の薬物混入事件や、食の豊かさへの考え方が進歩したことにより、消費者の「食の安全」に対する意識は高まっている。それに伴い、近年、原料のトレーサビリティに関する重要性は、消費者のみならず、食に携わる流通の現場でも高まってきている。大手量販店等では、納入業者に原料証明書の提出を求める等、原料に対する目を厳しくしている。一見、トレーザビリティ対応は、納入業者にとっても農家にとっても手間のかかるものであるが、そこに日本の農業の新しい形があるのではないか。

ITによる農業の付加価値向上

前述した通り、日本の農業には先代の技術者や生産者が構築してきた技術がある。日本の農業の付加価値を向上させるためには、日本の農業の持つ技術をいかに「見える化」し消費者に分かりやすく伝えることと、技術を将来に継承していくことが重要である。

「見える化」による付加価値向上の一例として、新潟県のJA越後さんとう(長岡市)の衛星リモートセンシング技術を活用した、米の有利販売(有利販売とは、出荷や価格に生産者の意向が反映できる販売方法のことである。)が挙げられる。一般に、米はタンパク含有量が多いほどおいしいとされている。JA越後さんとうでは、人工衛星から水田の写真と赤外線写真を撮影したものを分析し、水田をタンパク含有量により三等級に分け、ブランド化し有利販売をしているというものである。

付加価値を加えた「おいしさ」の価値を正しく消費者に伝えるのが、トレーサビリティであり、現在トレーサビリティの実現に当たっては、主にICタグが物流の現場で使用されている。しかし、ICタグは1個10円程度とまだまだコストが高く、普及させるには更なる技術革新とコスト削減は必須である。

また、技術の「見える化」だけではなく、最近では生産技術の共有化のためのデータベース構築にも、富士通が着手した。こういった活動は、生産技術という農業への参入障壁を軽減させ、農業人口を増やし、更には日本の農業の活性化にも繋がるであろう。

ITが担う役割

農業ロボット導入で農業の生産性の向上し、センシング技術で農産物をブランド化する。そうして付加価値が加えられた「おいしさ」の価値を、ICタグを使ったトレーサビリティの実現により、正しく消費者に伝える。そしてSNSやデータベース構築により、生産技術の共有・後継者育成を支援する。そして後継者達が更なる生産技術の革新を行う。このスパイラルが回り始めた時、日本の農業が、新しい付加価値化された産業に変化する、ひとつのきっかけとなるであろう。

まだまだITが日本の農業発展のために貢献できるフィールドは大きい。筆者もIT産業に携わるものとして、日本の宝とも言える農業の発展に向け、今後も知恵を絞っていきたい。