折るためのIT

PCのモニタの前に長時間座る生活を送るようになると、紙を折る機会は以前より確実に減っているように感じる。 特に折り紙ともなると、小さな子供の居る家では無い限り、多くの人にとって最後にしたことを思い出すためには記憶を相当にさかのぼる必要があるのではないだろうか。 ただ、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の試みにあるように、新素材などの素手では折れないものを折るようになってきており、そこには折り紙の原理が生きている。 本稿では、素手で折れる領域を離れた折り紙の現状と今後について考えてみたい。

折り紙の理論とツール

折り紙というと、千羽鶴の鶴や紙飛行機などをまず想像するのが一般的ではないかと思うが、非常に複雑な作品も世の中には存在している(MITにおける例)。 非常に複雑になっている折り紙は数学的な考察の対象にもなっており、折り紙工学に関する国際会議などで 議論されている。 そこでは、数学的な計算量の問題や剛体の重ね合わせの問題といった内容が扱われる。 また、Origami Shape Language (OSL)といった実装寄りの話も提案されており、ドメインに特化した言語の例として興味深い。

一般のPCユーザに近いところにもツールがいくつか存在する。 情報処理推進機構(IPA)未踏プロジェクトの延長にあるOrigamizerや、カリフォルニア在住のフルタイム折り紙アーティストであるRobert J. Lang博士によるTreeMakerといったものが例として挙げられる。 これらのツールは一般のPC利用者が使うことのできるキーボードとマウスという入力デバイスから、3次元の折り紙の世界をつなぐ位置づけにある貴重なツールである。

製品デザインの中に息づく折り紙

折り紙の原理が製品のデザインに使われている事例は幅広く興味深いものがある。 焼酎の缶や車のエアバッグなど、圧潰特性と関係する製品や、血管を押し広げるステントや天体望遠鏡など、強度を保ちつつ形状を拡げる必要のある製品で使われる「ミウラ折り」は先端技術と組み合わされてる典型的な事例といえる。

ナノテクノロジーの世界でもDNA origamiという名称で話題となった技術がある。 これは一筆書きしたデザインを基にしてDNAが自己組織化しながらそのデザインを形作るというものである(スマイリーな作品)。 折り紙と言うよりも織り紙という印象はあるが、根底の考え方が影響を受けているのはその名前からも明らかだろう。

ITを介して人の手に戻る折り紙

いくつか挙げた例にもあるように、折り紙の考え方は人の手では折れないものに対して適用されてきている。 これは、折り紙が3次元のデザインに関わる人に影響を与えた結果として捉えられる。

ここで考えてみたいのは、折り紙の考え方が適用できる領域は一通り出尽くしているのか、ということである。 そこにはまだ余地があり、一般の人々が再び折り紙の世界を再訪した際には、またそれぞれの活動する業界で折り紙の新しい応用も生まれるのではないだろうか。

そのためにITが貢献しうる可能性として以下の項目を挙げたい。

  • 3次元Webにおけるユーザ生成コンテンツの普及
  • 折り紙ツールの普及
  • 入力デバイスの進化

3次元WebはSecond Life, PlayStation@HOME などに代表される仮想世界や、VRMLの後継である3次元の記述言語X3Dの普及に影響されるが、こうした場でユーザが3次元コンテンツを介したコミュニケーションを行うという展開も考えられる。 その場合、ユーザの生成する3次元コンテンツの存在が期待でき、その中には折り紙に影響を受けたコンテンツの流通する場があってもおかしくない。 現 行の斬新なアイディアに加えてさらに創造的なアイディアが生まれることだろう。 また、折り紙ツールの普及や、タッチパネルの進化の延長線上に「折る」ことのできるパネルといった入力デバイスが現れてもまた同様のコンテンツが期待できる。

「折る」という行為を再び一般の人々が手にしたとき、折り紙の原理の利用は再加速するのではないだろうか。 その時には、素手では折れないものだけでなく、未だ折られていないものも折られるようになるに違いない。